ホテル文化の礎を築き、伝統を今に伝え続けるクラシックホテル。色あせることのない風格に、魅了される人も多いのではないでしょうか。
そんなクラシックホテルの魅力を、インタビューを通じてご紹介。
今回は日本初の本格的リゾートホテルとして1878年に開業した「富士屋ホテル」の総支配人・佐藤計氏にホテルの歴史や魅力、2020年に行われた大規模改修工事の話まで、幅広く語っていただきました。
目 次
箱根・宮ノ下の発展に貢献した本格的リゾートホテル
-「富士屋ホテル」の歴史を簡単にお聞かせください。

創業者の山口仙之助が明治4年、20歳の時に渡米し、帰国後に慶應義塾に入塾した際、福沢諭吉先生に国際観光の重要性を説かれ「富士屋ホテル」の創業を決意したと言われています。
「富士屋ホテル」の創業は明治11年。近代国家を目指して諸外国との活動を活性化させるため、ホテルが必要とされていた時代です。
箱根・宮ノ下を選んだのは、東京、横浜から最も近い景勝地であったこと、外国人の憧憬の対象でもあった富士山が近く、周遊にもってこいの立地であったこと。そして良質で豊富な温泉が出ていたことが理由だったそうです。

その後明治24年、国賓のロシア皇太子が宿泊するホテルとして宮内庁から命を受けたのをきっかけに本館を建築。
明治39年には西洋館も竣工しまして、現在も本館と西洋館は現役で営業を続けています。

仙之助はホテルだけでなく箱根の活性化のためインフラ整備にも力を入れていました。現在の国道一号線の元になる、塔ノ沢、宮ノ下間の道路を有志と共に開通させ、本館の竣工時には火力発電を導入し、その後水力発電でホテル内に電力を供給、明治37年には水力発電の会社を設立し、宮ノ下全域に電力を供給しました。
そのようなこともあり、小さな村だった宮ノ下も明治が終わる頃には、年間で1万数千人もの外国人のお客様が訪れるリゾート地になりました。

その後2代目を経て3代目の社長、山口正造が就任します。正造は「日光金谷ホテル」の創立者、金谷善一郎の次男で、7年間の海外生活を経て山口家へ婿養子として入りました。


正造が情熱を注いで建てたのが昭和5年竣工の「食堂棟」、昭和11年竣工の「花御殿(フラワーパレス)」で、どちらも「富士屋ホテル」の象徴的な建物として今も親しまれています。
正造は建築道楽であり、他にも大正時代に建てられた「カスケードルーム」を含む多くの建築物を建てています。

同時に正造はお客様の利便性も考え、大正3年には送迎用のバスを扱う「富士屋自働車株式会社」を設立、大正6年には日本で2番目に古いパブリックコースである「仙石ゴルフコース」を開場しています。
昭和19年に正造が亡くなり、後を継いだのが4代目の社長、山口堅吉です。彼も婿として山口家に入り、経営に携わりました。堅吉は終戦から接収、その後国際興業グループへ経営権のバトンが渡される際の舵取りを行いました。

戦後まもない昭和21年、国道を挟んだ所にあった明治28年築の皇室の御用邸を譲りうけ、「菊華荘」と命名し営業を開始。昭和35年には現在「フォレスト・ウイング」として営業している「フォレスト・ロッジ」を建築し、現在ある4つの「宿泊棟」と「食堂棟」「菊華荘」が揃います。

そして今回、2018年4月から2年3ヶ月をかけて大改修を行いまして、5つの登録有形文化財についてはそのままの姿で耐震改修を実施、登録有形文化財に登録されていない「フォレスト・ウイング」は平成、令和の新たな息吹を吹き込んで再建。更に「カスケード・ウイング」という建物を新築しています。
先人達の息吹を感じる客室に宿泊する、贅沢な体験を
-建物が建築された歴史ごとに趣がありそうですね。そんな長い歴史の中には様々な逸話があるかと思います。とっておきのエピソードをお聞かせください。
沢山の著名な方々にお泊まりいただいていますが、特に名前が知られている方ですと、夏目漱石や川端康成、三島由紀夫などにご宿泊いただいています。
皇室の方々にも多くお越しいただいておりまして、上皇后美智子様のご実家でもある正田家の定宿としてのご利用もございました。ご成婚の前年「富士屋ホテル」での家族会議でご結婚を決意されたと伝えられています。
面白いエピソードで言いますと、昭和7年にチャールズ・チャップリンが滞在した際のお話があります。一目見ようと多くの人が集まったそうなのですが、ノーメイクだったチャップリンは誰にも気付かれることなくチェックイン、ゆったりと滞在できたそうです。
この時正造とテニス場で一緒に撮影した写真も残っていますが、とてもハンサムで、気が付かないのも納得ですよね(笑)。
▼チャールズ・チャップリンとの写真はこちらから
https://www.fujiyahotel.co.jp/history/index.html
※1932年昭和7年の箇所をご覧ください。

昭和12年にはヘレン・ケラーにもお越しいただいており、ホテルの向かいにある「芝商店」という現存のお店で飼われていた尾長鶏を手渡したところ、膝に乗せて大変可愛がられたそうです。

昭和23年、2度目に来館された際はその尾長鳥が死んでしまっていて、大変悲しがられたそうです。それを受け、次回来館した際に懐かしんでいただけるようロビーの柱に尾長鶏の彫刻を彫らせたと言われています。
実際に3度目の来館は叶わなかったそうなのですが、今もフロント前の柱には彫刻が残されています。

著名人が宿泊したお部屋の記録は大体残っているのですが、例えばチャップリンが泊まられたのは、本館の5号室、今は「本館 ヒストリックジュニアスイート」として販売している客室で、ご希望があれば宿泊可能です。

問い合わせが多いのはジョン・レノンが宿泊されたお部屋ですが、こちらは「花御殿 ヘリテージルーム菊」という角部屋で、今はスイートルームとして販売しています。著名人と同じお部屋に泊まるのも面白い滞在なのかもしれません。
-著名な方がいた空間で自分も過ごせるのは、とても贅沢な時間ですね。そんなホテルの中で、佐藤さんが特に好きな場所はどこですか?

昭和5年に正造が作った食堂棟にある「メインダイニングルーム・ザ・フジヤ」は個人的に1番好きな場所です。足を踏み入れますと、開放感のある大きな窓で囲まれている、その広い空間に圧倒されます。特に広さを印象付けているのが、6メートルの高さがある折り上げ格天井です。また、床にはナラ材のヘリンボーン張りが敷き詰められています。「クイーンエリザベス2号」や「オリエント急行」などの内装にも使われた、とても豪華な意匠です。

天井を見上げると、636種類の日本アルプスの草花、308種類の野鳥、239種類の蝶が描かれています。
欄間や壁、柱にも日本を象徴するモチーフが彫刻されていて、海外のお客様に喜んでもらえるようゴルフやテニスなど海外スポーツの彫刻もあります。

なかでも最も特徴的なのは周りの柱の一番下、足元に正造が彫らせたとされる自身のレリーフで、従業員がきちんと真心のこもったサービスを提供できているのかを見張っているんです。
正造の思い入れの強かった場所でもあるので、自分の顔を彫らせることで今でも「富士屋ホテル」を見守っているのではないでしょうか。
-細かな意匠を見るのも楽しそうですね。佐藤様がおすすめしたいクラシックホテルならではの過ごし方を教えていただけますか。

歴史が醸し出す雰囲気を味わいながら、先人がされていたように、リゾートホテルとしてゆっくりお過ごしいただきたいですね。
具体的な過ごし方としては、「オーキッドラウンジ」でアフタヌーンティを楽しんでいただいたり、復刻した「オーシャンビューパーラー」で箱根の自然を眺めながらゆったりお過ごしいただいたりするのはいかがでしょうか。

ロビーには昔のまま残されているライティングデスクがあり、ここで手紙を書かれている方もよく見られます。
ラウンジの前にある庭には昔のポストが残っているので、そこに投函する。そういった楽しみ方もありますね。

仙之助が宮ノ下にホテルを作った理由に、豊富な湯量の温泉がありますが、「富士屋ホテル」は全ての客室に天然温泉を引いていますので、バスタブにお湯を溜め、水を足さずに冷ましてご利用いただくと、名湯・宮ノ下温泉の天然温泉100%の湯を楽しんでいただけます。

食事は代々受け継がれている洋食メニューを提供する「レストラン・カスケード」、クラシックフレンチを提供する「メインダイニングルーム・ザ・フジヤ」、旧御用邸で本格的な日本料理をお召上がりいただける「菊華荘」、それぞれ歴史や趣の異なるレストランで召し上がっていただけます。
どちらも体験していただきたいのですが、1泊で来られた方には夕食、朝食で使い分けて2ヶ所でお楽しみいただくのをおすすめしています。
食堂棟には「バー・ヴィクトリア」もありますので、食前や就寝前にオリジナルカクテルを楽しまれるのもいいですね。

もう1つ、ぜひご覧いただきたいのが「ホテル・ミュージアム」です。ここには創業から現在に至るまでの歴史が整理されていますので、館内をご見学いただく上での参考にもなりますし、ご覧いただけば、より一層滞在を楽しんでいただけるかと思います。
新しい技術によって守られ続ける長年の歴史と伝統
-2020年には2年3ヶ月の改修工事を経て新たな「富士屋ホテル」に生まれ変わりました。その際に残したもの、一新したことを教えてください。

登録有形文化財に登録されている建物につきましては、平成、令和の新しい技術を駆使して、建物の価値の本質を残すリニューアルを目指しました。
外観を損なわず耐震性を上げるため、壁の補強は鉄骨だけでなく、炭素繊維複合材料という最新の技術も取り入れつつ、実際には7、8割は木造の古いものをあえて残しています。

建物だけでなく、例えば「メインダイニングルーム・ザ・フジヤ」の天井画や床のナラ材は全て外し、1枚1枚綺麗にした上で同じ場所に戻すなど、以前からのものを修繕して使っています。

細かい所で申し上げると、お部屋のテーブルや椅子、ダイニングで使用しているシルバー類もなるべく再利用することを意識し、調度類全体の7割はそのままの物を使用しています。
そんなことをしていたので2年も改修に費やしてしまいました(笑)。

これまでにも昭和中期に少し改修した部分があるのですが、それらも以前の場所に戻し、フロントの位置も改修前とは違う位置になりました。

昭和36年に建てられた「フォレスト・ウイング」の最上階にスパと、2階にライブラリーを新設しました。

新築となる「カスケード・ウイング」は、正造の時代に宴会場だった「カスケードルーム」の内装をそのままの形で移築し、現在は宴会場ではなく「レストラン・カスケード」として営業しています。更に宴会場として「ヘンリーズ・ルーム」も新たに作っています。
ちなみに「カスケードルーム」の彫刻を手掛けたのは、柴又帝釈天の彫刻を手掛けた加藤寅之助一門で、いかにも“建築道楽”と言われていた正造らしく凝った造りになっています。
-仙之助さん、正造さんの想いが現代に引き継がれているんですね。
今回の大規模工事は耐震改修が主な目的ですが現役のホテルなので、快適性や安全性も考え、水回りを含む設備などは最新のホテルと遜色ない仕様になっております。
以前からご利用をいただいているお客様からは、「前と変わりなく安心した」というお言葉と同時に「快適になった」というお声もいただいています。
-佐藤さんが考えるクラシックホテルの魅力とは

一番の魅力は創業から長い年月をかけて培われてきた「雰囲気」だと思っていて、最新のホテルでは真似のできない部分かと思います。
これまで維持し続けてきて、今回の大改修では、あえてそのままの姿で復刻した「建物」はもちろんですが、今も受け継がれている創業の精神や思い、そういったものが醸し出す雰囲気の中にあると思います。

「富士屋ホテルらしさ」の源泉は、社是でもある「至誠」の精神(この上なく誠実なこと、まごころ)ですが、その精神が表れるサービスなどもホテルの雰囲気の一部として感じていただければ嬉しいです。
今後に向けては「歴史は今も積み重ねられている」と思っていますので、現役のホテルとして、お客様と共に歴史を積み重ねていくことでクラシックホテルとしての富士屋ホテルの魅力にさらに磨きをかけていきたいと思っています。
***
総支配人 佐藤計氏 プロフィール
1962年生まれ。東京都出身。
1984年富士屋ホテル(株)入社後、八重洲富士屋ホテル営業部に勤務、1993年から1994年にハワイのグループホテルにてマネジメント研修。その後、富士屋ホテル(株)営業本部、八重洲富士屋ホテル支配人、取締役営業本部長、湯本富士屋ホテル総支配人。2021年より常務取締役富士屋ホテル総支配人。
富士屋ホテル
神奈川県/宮ノ下












