ホテル文化の礎を築き、伝統を今に伝え続けるクラシックホテル。色あせることのない風格に、魅了される人も多いのではないでしょうか。
そんなクラシックホテルの魅力を、インタビューを通じてご紹介。
今回は現存する日本最古のリゾートホテル「日光金谷ホテル」の支配人・地神嘉之氏に、ホテルの魅力やおすすめの過ごし方、未来に向けての取り組みなど、幅広く語っていただきました。
※インタビューはオンライン上で行いました。
目 次
1.民宿からスタート、増築しながら成長した「日光金谷ホテル」
-「日光金谷ホテル」の歴史を簡単にお聞かせください。

「日光金谷ホテル」の始まりは、金谷善一郎さんという方が始めた民宿です。金谷家の9代目当主でもある善一郎さんは、日光東照宮に仕えていた武士、笙(しょう)を弾かれる楽人でした。


明治時代に入り「海外の方を自宅に泊めてくれないか」というある方からの依頼を受け、日光東照宮から徒歩15分くらいの場所にある善一郎さんの自宅へ客人を泊めるわけです。
築350年~400年くらいの武家屋敷ですが、その場所は今も歴史館として残っています。

明治4年、宿に困っていたJ.C.ヘボン博士を、商売でなく迎え入れたところから「金谷ホテル」の歴史が始まります。
明治6年に「金谷カッテージ・イン」という名前で民宿を始めるのですが、それまでの2年間は海外のお客様を紹介で受け入れていました。
そのような取り組みをしていた善一郎さんは、その行いがバレてしまい、日光東照宮を破門されてしまうわけなんですね。
善一郎さんが破門された後、ヘボン博士より「今後私のような外国の人が日光に多く訪れることになるので、受け入れてみてはどうか」という助言を貰い、明治6年に「金谷カッテージ・イン」が誕生、これが日本初のリゾートホテルになります。

初めは自宅の一部を改装しお客様を迎えていたわけですが、家族総出のお出迎え。ほとんどのお客様が海外の方なので、英語でのコミュニケーションに大変苦労したという記録も残っています。
ただホスピタリティが評判を呼び非常に忙しかったそうで、明治26年までの20年間、自宅で商売を行うわけです。

そんな時、日光に鉄道が開通します。それにより日本全国で都心から奥地へ人が流入し、日光はより注目されていきます。
その時代、日光には「金谷カッテージ・イン」の他にも国策による立派なホテルの建設が進んでいました。
このままでは負けてしまうということで、当時3憶円の借金をして、現在「日光金谷ホテル」があるこの地を買収するんです。

なぜ買収かというと実はこの場所、2階建て30室の「三角(みかど)ホテル」という宿が、建設中で放棄されていたんです。
「金谷カッテージ・イン」から歩いて15分程度の場所で高台に立っておりますので、目立ったのでしょう。
善一郎さんは「どうしてもあそこが欲しい」ということで、静岡銀行の頭取なども務められ、田母沢御用邸を移築した方でもある小林年保さんによる尽力の末に融資を受け、ここに移ってきたのが明治26年の話になります。その際に「金谷ホテル」と名称を変更し、営業していくことになるわけです。

私は「日光金谷ホテル」の歴史は、増築の歴史だと考えております。現在は、明治26年に買い取った今でいう「本館」、そして明治34年に建築された「新館」、その後久米権九郎さんが設計した「別館」、そして前々回の東京オリンピックの際に多くの方がいらっしゃると見越して建設された「第二新館」と言われる4棟で構成されており、当初30室だった客室は、現在71室にまでなりました。

「金谷ホテル」の黄金期は、やはり戦前です。大正時代から昭和初期、日光という場所は国策として重要視されていた場所でしたし、戦前は多くの外交官が日光にたくさん来て「夏の外交は日光に移る」とも言われていました。
そういった時代背景に合わせ、増築を図っていったのが大正時代から昭和初期の出来事です。
終戦後、昭和20年から27年までの間は連合軍の将校さんたちの保養所として、接収されます。接収されたからこそ今も生き残れたという考えもあり、そのような歴史もホテルには詰まっております。
アメリカの将校さんが中心となり、スタッフに様々なニックネームを付けていたそうで「俺は昔ロビンソンと呼ばれていた」「私はマリリンだった」と語るスタッフも数年前まで在籍していました。

その後東京オリンピックがあり、そこに合わせるよう日光の地も潤っていくのですが、それと同時並行で「日光金谷ホテル」も規模を拡大して、今に至っております。
-私は歴史が好きなので、お話を聞きながら「この時代の金谷はこうだったんだな」と想いを馳せておりました。
歴史はロマンですよね。ホテルには「歴史コンシェルジュ」というスタッフがおりまして、長年勤めているスタッフによる館内ツアーを16時からと17時からの2回、時期や行事によって変更する場合もありますが、行っております。本当に面白いので、お越しいただいた際はぜひ参加してみて欲しいですね。
2.先人が愛した景色を眺めながらゆったりとした時間に身を委ねる
-長い歴史を経たホテルには、様々なエピソードが詰まっているかと思います。ホテルを知り尽くした地神様がおすすめしたいスポットをお聞かせください。

ホテル全体が癖のある所ですが、やはりロビーですね。クラシックホテルならではの独特な時間が流れていますし、ここから見る日光の原風景はぜひ見ていただきたいです。

後は「小食堂」と呼ばれる場所もおすすめです。30室2階建てのホテルだった時のメインダイニングで、今はレストランの一部として団体のお客様や婚礼の時に使用している、129年程経つ場所になります。
格天井で123枚の手書きの画が飾られ、非常に味わい深い場所です。床も当時のまま、ナラ材を使用しているのですが、色々なものが染み込んでいて「こういう世界観もあるのだな」と感じられます。
建物自体はもちろんですが「日光金谷ホテル」の昔からの一番の魅力は、やはり日光連山を一望する立地の良さでもあります。先人がいた空間で先人と同じ景色を見ていただく。そういったことを楽しんでいただきたいと思っています。
-長い歴史の中で、何人もの著名な方々がご宿泊されているかと思いますが、エピソードをお聞かせいただけますか。

本当に色々な方々にご宿泊いただいておりまして、皆さまが良くご存じの方で言うと、夏目漱石さんや渋沢栄一さん、アインシュタイン博士などがいらっしゃいます。
面白いエピソードで言うと、昭和12年に宿泊された、ヘレン・ケラーさんが利用された「105」というお部屋は今も残っていて、実際に宿泊いただけます。

当時ヘレン・ケラーさんは連泊されたのですが、「日光金谷ホテル」にいらっしゃる前に箱根の「富士屋ホテル」に立ち寄っているんですね。
「富士屋ホテル」は金谷善一郎さんの次男でもある正造さんが養子として入り、経営を任されておりました。当時の「日光金谷ホテル」は、善一郎さんの長男・眞一さんが経営を任されており、いわば兄弟ホテルだったんです。
そういうこともあり、ヘレン・ケラーさんは「富士屋ホテル」に立ち寄ったのかな、と考えています。

当時のレジスターブックにヘレン・ケラーさんの名前も残っているのですが、盲目の方なので、字を書く時に定規を当てて署名されるんですね。なので字の下の部分が綺麗に揃っているというのが確認できます。
また、他の感覚がとても優れている方だと思うのですが「富士屋ホテル」から「日光金谷ホテル」に移って来られた際に「同じ匂いがする」と仰ったそうです。
同じ宮大工で、久米権九郎さんが手掛けた建物なのでそんな風に感じられたのかなと。想像でしかありませんがそんなエピソードも残っています。
-すごく素敵なエピソードですね。そんな逸話も残っているホテルですが、地神様がおすすめしたい、クラシックホテルならではの過ごし方を教えてください。

当ホテルは、フロントにものすごく古い時計が一つ置いてあるだけで、館内のパブリックスペースには時計を一つも置いていません。
皆様お忙しく過ごしている方々ばかりかと思うので「日光金谷ホテル」に訪れた際は携帯電話などを置いていただき、少しでも昔の雰囲気に身を委ねてのんびり過ごしていただけたら嬉しいですね。

後は伝統の食事を楽しんでいただくのもおすすめです。コンソメスープやフォンドボーなど、ベースになるものは大切に引き継がれ、丁寧に作っています。
なかでも「クラシックディナー」は、2時間くらいかかるコース料理ですが、大正時代や明治時代のメニューから代表する一品をまとめたものになっているので、ぜひ召し上がっていただきたいですね。
また先日、来年150周年を迎えるので「記念ディナー」を作りました。大正3年の時の料理を、今の料理長がアレンジを加えて提供する内容になっています。
ちょうど渋沢栄一さんがご宿泊された時代でもあるので「同じメニューを食べているかも」と想像していただくと、よりクラシックホテルらしい時間になるかもしれません。
3.「継承と改革」で進化し続ける日本最古のリゾートホテル
-今後のクラシックホテルの在り方について、地神さんのお考えをお聞かせください。

クラシックホテルの使命は何かと言われたら「継承」だと思うんですよね。先人達が長年紡いだ歴史を、いずれ次の世代に渡していかなくてはなりません。今後も存在し続けるというのが一番の意義であり、使命でもあると考えています。
とは言え、足踏みしていたらホテル自体が無くなってしまいますよね。うちの経営理念でもありますが「継承と改革」、そして進化というのが一緒になり、挑戦していかなくてはいけません。先人達が新しいことにチャレンジし続けていたからこそ今があるんです。
今はコロナ禍という事もあり苦しい局面もありますが、この長い歴史の中で見てみると太平洋戦争や関東大震災があり、今までも苦しい局面がたくさんありました。
それに比べると今は未来への見通しも立っていますし光も見えています。これからも立ち止まることなく進化し続けたいですね。
-具体的に「日光金谷ホテル」で取り組まれていることはありますか?

例えば去年は新しいニーズを開拓するためにアフタヌーンティーを始めました。
今年は150周年記念という事もあり、今は継承という部分で歴史周りをまとめている最中です。
長年の歴史を継承するため、新しいチャレンジをホテルとしては積極的にやっていきたいと考えているので、今後も楽しみにしていただければと思います!

金谷善一郎さんが作った一つの民宿から始まった「日光金谷ホテル」。日本最古のリゾートホテルとしての威厳はそのまま、おもてなしの心は明治、大正、昭和、平成、令和の歴史を脈々と受け継がれ、そして次の世代に引き継がれていくことでしょう。
先人達が見つめてきた日光の自然を、同じ空間で眺めることができる贅沢な体験をぜひ味わってみませんか。
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支配人 地神嘉之氏 プロフィール
1995年 金谷ホテル株式会社 入社 日光金谷ホテル ホール担当
2003年 中禅寺金谷ホテル 営業課 課長
2006年 中禅寺金谷ホテル 副支配人 兼 営業企画室長
2012年 中禅寺金谷ホテル 副支配人 兼 広報担当部長
2017年 日光金谷ホテル 支配人(現職)
日光金谷ホテル
栃木県/日光












