インタビュー

師弟が紡ぐ美食に包まれる、心豊かなひととき 神戸北野ホテル(兵庫県/三宮・北野)

滞在しながら洗練された美食を楽しめるオーベルジュ「神戸北野ホテル」。総支配人・総料理長の山口 浩氏は、フランスの名店「ラ・コート・ドール(現ルレ・ベルナール・ロワゾー)」にて研鑽を積まれ、舌の肥えたゲストをもてなされています。恩師ベルナール・ロワゾー氏から受け継いだ料理哲学と、これからの食文化にかける想いについてお伺いしました。

総支配人・総料理長として目指されている「都市型オーベルジュ」

―まさに「都市型オーベルジュ」という言葉がぴったりですね!洗練されたクラシカルな部分とモダンな部分が調和し、とても落ち着きます。

神戸の山側に位置する「神戸北野ホテル」には、「フィトンチッド」など森林浴のような癒される空気が流れています。神戸は都会にありながら海の風や山の匂いを体感でき、凝縮した旅を楽しんでいただける点が魅力ですね。
施設を利用される方の多くは兵庫県を中心とした関西圏と東京の方で、非日常を味わいに泊まりに来られるという印象です。娘様がお母様を招待される姿もよくお見受けし、女性の方が主役のホテルとも言えます。
建設当時のコンセプトは英国の「マナーハウス」で、女性のデザイナーが女性の感性を尊重し、色々な装飾や客室のカーテンなどをチョイスしてされています。客室は白・緑・赤の3色がキーカラーで、海外製の生地を使いカーテンやソファーなどをコーディネートしています。

―開業のきっかけについてお聞かせください。

フランスで当時ミシュラン三ツ星を獲得したばかりのベルナール・ロワゾーが経営する「ラ・コート・ドール(現ルレ・ベルナール・ロワゾー)」で修業し、帰国後は「ルレ・ベルナール・ロワゾー」日本支店の料理長に着任しました。
阪神・淡路大震災を経験したことが人生の転換点でもあります。震災で失職して仕事もなくなり、全てが無になったように感じましたが、延長線上に「神戸北野ホテル」という館と出会いました。施設を見たとき、ここならフランスで学んだことを全部ご紹介できると直感しました。チェックインからチェックアウトまで、長い時間軸の中でおいしいひとときの演出が可能だと。また、都市と自然の共存という神戸ならではの魅力が強みになり、日本初の「都市型オーベルジュ」というコンセプトで始めました。

―素敵な客室もさることながら、お客様はやはりシェフの料理を一番の目的にされている方が多いのではないでしょうか。

オーベルジュは食べるために泊まる方が多いので、お客様はほぼ100%朝食をお召し上がりになります。気の置けない方と迎えた朝に召し上がる朝食が世界一であってほしいですね。
師であるベルナール・ロワゾーが作った朝食が、世界一の朝食という称号を得ていたので、神戸北野ホテルのリニューアルの際に「この朝食を出したい」と申し出ました。
当時の日本のホテル朝食はアメリカンスタイルが主流で、コンチネンタルスタイル(火を通さない冷たい料理を中心とする食事)は一般的ではありませんでした。でもヨーロッパ風の朝食も優れた面があります。例えばコンフィチュールやはちみつ、クロワッサンの食感、ジャンボンブラン(スモークしない茹でた白ハム)などのシャルキュトリー。フランスで感じた「自分が知らなかった世界」を、日本の皆様にご紹介できればと思い18年前のリニューアル時からお出ししています。

私共の料理手法に「キュイジーヌ・アロー(水の料理)」があります。ピュアで無味無臭の水を媒体とし、エッセンスやエキスを抽出して還元することで、素材の味を引き立たせる手法です。ベルナール・ロワゾーは当時「今のフランス料理はお客様が望んでいるものではない」と調理方法から生クリームやバターを排除して新しい表現を作り出しました。お客様との対話の中で、本来求めているものをお出しする「対話の料理」と言えます。日本でフランス料理が根付くならこの手法が大きな流れの一つになると確信し、師の手法をロジックとテクニックで解釈し、日本で継承していこうと思いました。
当時最先端のメニューは生クリームやバターで仕上げるのが当たり前。「生クリームもバターも使わないフランス料理なんて」とプロから揶揄されたりもしましたが、今ではフランスでも生クリームたっぷりのソースを目にすることは少なくなりましたね。

―旧態依然なことに疑問を投げかけ、新しいものを作るにはどのような発想が必要でしょうか。

時代は小さなイノベーションの積み重ねと、革命的な出来事で変化します。昨日まで正しいと信じていたことも、間違っているのでは?と視点をずらすと見え方が変わります。新しい料理が生まれるバックボーンには、ひらめきではなく環境要因も大きいもの。例えば車の性能改善や道路整備により、運輸時間が短縮し鮮度が保たれるようになりました。新鮮な状態で食材が入る時代なら、お客様に提供するべき料理の技術も変わります。

コンチネンタルの朝食も、糖質を朝一で取ることで脳のエネルギーにするということがコンセプトですが、やがて「糖質制限」という概念が出てきました。今はロカボという「緩やかな低糖質」として、摂取する量をコントロールできる朝食も提案しています。
お客様の声から導き出したロワゾーの手法は1980年代に出来上がっていましたが、時代が漸く追いついてきたということでしょうか。常に半歩先を歩き、希望のものを提供することが料理人の仕事、という哲学のもとで作っています。

ルレ・エ・シャトーとの取り組み

―2011年にルレ・エ・シャトーに加盟され、同年にベルサイユで開催されたフランス料理がユネスコの無形文化遺産に選出されたことを記念した晩餐会に日本代表として抜擢されたそうですね。

「ルレ・エ・シャトー」はフランスでは多くの人が知っているブランド。修業したお店もルレ・エ・シャトーに加盟しており、百合と蝶々の紋章が身近にあり憧れの一つでした。加盟のチャンスが巡ってきたので、ごく自然に加盟させていただきました。
ベルサイユの祝賀晩餐会は、2011年にフランス料理がユネスコ無形文化遺産に選ばれた際のこと。選出にあたりルレ・エ・シャトーがバックアップしており、サルコジ元大統領の後援で、世界中から60名の料理人が参加し、日本からは三國清三氏と私が参加させていただきました。東日本大震災の年で参加すべきか悩みましたが、神戸での震災を経験した私が「東北も必ず復興する」というメッセージを発信するためにも渡仏を決めました。原発問題など「日本は危険」という風評被害もある中で、取材される機会があれば「日本は大丈夫」と発信できるとも考えました。収益の一部は寄付をさせていただきました。
好評だったので、翌年にはニューヨーク、その次の年はロンドンで同じようにグランシェフのディナーに参加させていただき、良い経験になりました。
震災時は、福島の裏磐梯高原ホテルでフェアも開催しました。「ルレ・ベルナール・ロワゾー」のシェフを務めているパトリック・ベルトロンを招聘してニュースを発信し、多くの人が訪れるきっかけになればということで。

―パトリック・ベルトロン氏とは先日もルレ・エ・シャトー加盟施設とコラボで『美食の饗宴』をされていましたが、いかがでしたか?

※2018年1月に「神戸北野ホテル」/「ヒカリヤ ニシ」/「別邸 仙寿庵」にて開催

彼と日本で料理するのは久しぶりでした。ルセット(レシピ)は向こうのもので、日本の食材を使うという新な試みをしました。私が今取り組んでいる「二十四節気七十二候」といわれる季節を感じる感性と食材の情緒を、世界中の人が日本の旬を味わう方法として優れた「フランス料理」で表現しました。土地の旬の食材、例えばタケノコをフランス料理ではどう調理するか。昔なら「和の食材は和食」という固定概念がありましたが、ここ4~5年でお客様の感覚が変わり、ご興味を持っていただける時代が来たのではないでしょうか。

―和食や日本食材に対してのポテンシャルの高さに海外のプロも着目し、逆輸入的な発想が起こっていることで、日本人の感覚も変化してきているのかもしれませんね。

2000年頃にアメリカ人の学者が舌にグルタミン酸受容体を見つけて、西洋の人が本当に「旨味」の概念を把握したあたりから日本食ブームが始まりました。日本では1908年に帝国大学の池田菊苗教授がうまみ成分の特許を取っていましたが、海外では概念が存在しないから言葉が無く、ようやく認知されたわけです。摂取カロリーより消費カロリーが少なくなり、欧米で問題になったときに0キロカロリーの「うまみ」が改めて評価された。
そこで日本料理は健康的となったのですけど、うまみ自体は元来たんぱく質や糖質を摂取するための調味料なので勘違いされている。勘違いが功を奏して日本食ブームになりましたが、発酵食品という土着の調味料や、アユご飯など独自の食材を用いた料理への理解はまだ低いと言えます。「日本料理はおいしい」ではなく「日本に行って日本料理を食べた」というトレンドにすぎないのです。
一方、フランス料理の特徴は風土調味料を使わずに、鍋の中の化学変化によって味を調えること。その技法を使って日本の季節を料理すれば、世界中の人が食べられる「日本の食」ができます。それが新しい「地産地消」の時代だと捉えています。

―「地の物を活かす料理」という意味で語られる「地産地消」を、根本的な部分で捉えていらっしゃるのですね。

近年は日本の四季をフランス料理で食べてみたい、料理人も作りたいという風潮が広がっています。神戸や東京、広島でしか食べられないフランス料理もあって良いですよね。先人がなかなか手に入らない食材を日本の食材で代替し、苦労して作り上げてきた時代から、フランス食材が時差なく手に入る時代を経て、日本食材をフランスのテクニックで調理する時代になった。料理に対する流れの変遷と、日本の食文化に対する想いの積み重ねで今日があります。

今の時代のニーズを読み取る力

―観光という観点でいうと、「フードツーリズム」という流れが少しずつ生まれていますが、浸透していくためにはどのようなことが必要でしょうか?

例えばスペインのバスク地方のサン・セバスティアンは行政と料理人をはじめとした飲食業界が一緒になって“美食の町”として世界中からお客様を呼ぶことに成功しています。食と観光をつなげ、行政と民間が協同した一例ですね。日本でもこれからはそういう面白い取り組みができてくると思います。

―今後の「時代」を読み取ることについて、どのようなことを気にかけていらっしゃいますか?

フランス料理だけではなく、食に携わる異業種の方々との対話をはじめ、和食や中華など様々なものをインプットしてアウトプットすることでしょうか。テクノロジーを駆使し、科学的に解析して作る料理も興味があります。新技術やサイエンスなど新しい考え方をふまえて付加価値の高い商品を作ることが大切なことですし、その結果職人の世界の考え方も変わってくるのではないでしょうか。
今の料理人の価値は、自分が作りたい料理を化学的に解釈してデザインし、世界的に発信する力なのでしょう。有名な料理人には、同志や継承者が沢山います。
元来フランス料理も“Ma Cuisine(私の料理)”と銘打つ本を出し、一般的にすることで発展していきました。本を書くということは科学ということでしょうから。科学的に発表することで理解され、評価が上がる。

―シェフも本を出されていらっしゃいますね。とても詳しく書いてあり勉強になったという声も多く見受けられました。

実はスタッフのために作った本なのです。ロワゾーの手法を日本で定着させることが主題の一つだったので、教えを全部公にしようと思って作りました。今、パリやアメリカで出会った人が私の本を持ってきてくれて、サインを求められたりすると感激ですね。

―最後に一休.comユーザーをはじめとするお客様に対して一言お願いいたします。

一休.comは旅慣れた方が多く利用されるサイトだと思います。「神戸北野ホテル」ではおいしさを長く味わう時間を提供していますが、我々ルレ・エ・シャトーの施設でも時間と空間を楽しむ「ツール」としての料理が充実しています。ルレ・エ・シャトーには加盟メンバーを繋ぐ「幸福の道」というものがあり、辿っていただくことで今までにない体験、時間と空間を食べつくす旅行ができます。ぜひ色々な土地を訪れてほしいですね。

時代やゲストのニーズに寄り添い、真心のこもったおもてなしをされている山口氏。常に半歩先をという視点の先には、人と人との出会いから生まれる真のホスピタリティを追及するお姿がありました。恩師であるベルナール・ロワゾー氏のエスプリを次世代に継承していく中で、年々氏を近くに感じるというお言葉に、師弟の料理のみならず食文化にかける想いの深さを感じることができました。「料理には歴史がある」ということを、ご自身の感性で時代を切り取られる山口氏の半生が物語っています。
心と身体を静かに解きほぐす「神戸北野ホテル」で過ごす、華やかで五感に訴えかける美味しい時間。総支配人・総料理長の想いが詰まった穏やかな感動を刻む贅沢なひとときを、大切な人と心ゆくまで堪能できることでしょう。

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神戸北野ホテル
総支配人・総料理長 山口浩

大阪のホテルで修行後、渡仏。フランス料理界で最も偉大な料理人の一人で、21世紀のフランス料理の扉を開けたと絶賛される「ラ・コート・ドール」(現ルレ・ベルナール・ロワゾー)」総料理長ベルナール・ロワゾー氏に師事。2000年に神戸北野ホテル運営会社設立し、代表取締役就任。総支配人・総料理長として総指揮に携わる。
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神戸北野ホテル

兵庫県/三宮・北野

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