今世紀に入った頃、300年続いた「奈良屋旅館」が姿を消し少し寂しくなった箱根宮ノ下。その最盛期の雰囲気を今なお孤高の気高さで守ってるのが130余年の歴史を持つ「富士屋ホテル」です。
建築としての魅力に溢れるクラシックホテル
神社もしくは天守閣の様な富士屋ホテルの建物は、ホテルとも旅館とも形容しがたい雰囲気を持っています。
イギリスにはマナーハウスと呼ばれる、貴族や領主の館を執事のようなスタッフが運営している高級リゾートホテルがありますが、まさにこの富士屋ホテルの雰囲気は“和風マナーハウス”という形容が似合うように思います。
エントランスと車寄せは地下1階(実際は半地下)。大型ホテルではよく見られる構造ですが、ここでは本館1階の雰囲気をそのまま残すためにこの構造が取り入れられています。
玄関をくぐって現れる朱塗りの欄干を備えた階段を見れば、かなり古い時期に改装されたのだろうと想像できます。施された彫刻も相まって神殿への入口のようで、ここが並みのホテルではないことは外国のゲストも一目で理解するでしょう。
この階段を始め、館内には建築としての見どころがいっぱい。全部はとても書ききれませが、圧巻の装飾の数々は、建築用語上の意味とは逆になってしまいますが“神は細部に宿る”という言葉がふさわしく思えます。
また、意外と語られることが少ないですが、5000坪の広い敷地も「富士屋ホテル」の見所の一つです。
浅間山に向かう斜面には庭園が広がり、散策路を巡るだけでも15~20分かかります。「幸福の丘」に設けられたおしゃれなウェディングベル越しに眺める宮ノ下の渓谷は、ここがホテルの敷地であることを忘れてしまいます。
長い歴史の中で生まれたバリエーション豊かな客室
明治24年建造で最も古い本館、木造洋館のお手本の様な西洋館、千鳥破風の屋根を持ち、校倉造りを模した壁が特徴の花御殿、昭和クラシックホテルの趣を残し、さらに眺望が楽しめるフォレスト館。
いずれのお部屋も和洋折衷でありながら、少しずつ意匠が異なります。
さらに国道1号を挟んで建つ菊華荘の和室という選択肢もあり、泊まるたびに新たな発見があります。些細なことかも知れませんが、菊華荘以外のお部屋は、外国人の宿泊を想定していたこともあり天井が高く、実際の床面積以上のゆとりを感じます。
予算が許せば花御殿のジュニアスイート「菊」に泊まってみたいところです。神社本殿の様な格子天井。欄間部分に施された彫刻など、美術工芸品の中に入り込んだ様なお部屋です。
全てのお部屋で共通して特筆できるのは、自室で温泉浴が楽しめる点。敷地内の源泉から引き込んだ保湿に優れたお湯は、ぽかぽかと体を温めてくれます。夏期などは窓を開け放って高原の涼風で涼めば、寛いだ時間が楽しめます。
富士屋ホテルの世界に浸る食事の時間
食事は「ザ・フジヤ」「菊華荘」「ウイステリア」の3箇所から選択ができます。その中でも注目は日光東照宮本殿をモデルに造られ、登録有形文化財に指定されている「ザ・フジヤ」の豪奢な意匠です。
高さ5.5mの格子天井とその周りには数え切れないほどの高山植物や野鳥の絵が、柱などの壁面には干支などの彫刻が施されています。
これらは饗される現代的なフランス料理とは対局でありながら驚くほど融合、共鳴し、洗練されスマートな給仕と共に富士屋ホテル独自の世界を作り出します。この世界こそ富士屋ホテルの真骨頂といえるでしょう。
ホテル自慢のコンソメスープが気軽に楽しめる「ウイステリア」の洋食もおすすめ!先のコンソメスープを使った人気のカレーライス、白ワインを使った独自のレシピでファンも多いビーシチューなど、様々な伝統のメニューに目移りして困ってしまうほどです。
朝食も先記の3カ所で趣向が異なり迷ってしまうところですが、もし初めての宿泊でしたら、やはり「ザ・フジヤ」をお勧めします。
コースメニューの「富士屋ブレックファースト」は、一工夫のアイデアが嬉しいメインのお料理が選べます。歴史を感じる奥深いコクとココナッツミルクから来る優しさが自慢のカレーソースを、朝でも楽しめるようにアレンジした「ポーチドエッグ・カレーソース」は、“朝カレー”好きの日本人には嬉しい一品です。このように伝統に胡座をかかない様々なアイデアがそこかしこに生きています。
美術品の様な日本最古のホテルが今でも最上級のラグジュアリーホテルであるのは、その建物や意匠によるものだけではありません。ゲストを楽しませ、寛いでもらうためのアイデアを取り入れ、「至誠」という理念の元に、優れた“執事”のようなホスピタリティを常に実践し続けているからではないでしょうか。
更新日時2017.12.04 21:15