山田が死んだ。死後10日経ってヤコブ通りの下宿のベッドで発見された。 何処にも姿を現さないので、初めは旅行かと思われたらしいが10日以上になっておかしいと思った翻訳エージェントの駐在員がコンシェルジュと見つけた。 山田も同じ時期に彼の大学で教授になっており、1年間のサバチカルを利用してパリに滞在、フランスで評判になった難解な風刺小説の翻訳と格闘していたという。 高速道路の逆走という悲惨な交通事故で奥さんを亡くし、悲痛のままパリに来て立ち直るために難しい仕事に取り組んでいたのか。そうではないだろう、山田はパリに死にに来たのだ。 既遂のパリジャンでもなかなか理解できない小説の翻訳を置き土産に、すきなパリで死にたかったのだ。パリに死す、そういう意味では満足だろうが翻訳が終えられなかったのは誤算だった。
秋にパリで鉢合わせした時、なぜうろたえ隠れたのか、なぜ連絡もとらずパリを離れたのか、なぜ山田は死ぬと分かったのか。自問自答を続けたが、答えは始めから解かっていた。
山田に見抜かれるのが怖かったのだ、自分もパリに死にに来たことを。同じ深淵に居る山田を見て、自分は怯み留まったが、あの時声を掛けていたら山田は生きていただろうか。
山田の闇はそんなことでは後戻りできないほど、もっと深い、とっくに覚悟を決めていただろう。ただ一人山田を見送った者として、彼が遣り残した仕事を完成させる義務ある、
そうすることで山田の心残りも取り除けるだろう。この仕事はパリでやらなくてはならない。学長を説得してサバチカルを前倒しでとると、
サンジェルマン デュ プレに面したオテル マディソンに居を構え、取りかかった。
山田が遣り残したのは残り4分の1弱にすぎなかったが、その分だけ訳せば終わりとはいかない。終っている部分を原文と照らし合わせて何度も点検し、メモを製作する。
メモ作りに半年かかった。ほとんどが違訳であった。そのまま訳せる言葉は1つもなかった。山田は原文の情景をその場へ行って描写し、
原文の雰囲気に添って彼独特のアイロニーとユーモアと皮肉をたっぷりと注ぎ込んでいる。そうすることで原文では理解できない文章を見事に分かりやすく訳している。
しかも、気品があり粋である。山田の諧謔には舌を巻いた。ここには彼の人生のすべてが投入されている。最後まで仕事をさせてやりたかったと思いながら、
ここまでの彼の仕事を無にしてしまう訳にはいかないと久しぶりに緊張して取り組んだ。
没頭すると意欲と功名心が空回りしていたあのパリの生活が蘇った。小説の現場に長時間佇み、観察する。あの頃は時間を持て余し、ただベンチに坐って街を見ていた。
フランソアと散々出入りしたカルチェラタンのカフェにいると彼女があの時のままの姿で隣に坐っているデジャブを見た。
文字通りに昼といわず夜といわず、夢中になって取り組み、クリスマス前にすべてを終えたが、まだ青春の現を漂っている。




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