俊介はすっかり紐気分で「そりゃあ、顎足いらずで明日の今日でも引き受けるんだから利だよな。誰かの穴埋めだったらもっともらったら」と無責任にこの状況をたのしんで、いそいそと楓の送り迎えをしていた。

夏の終わりに俊介の昔の仕事仲間が一同に会した。総勢20人、サロンもテラスも溢れかえった。 それまでにも1人、2人と訪ねてきて休暇を過ごしていくことはしょっちゅうだったが、ホテルに分散して集まる大イベントは初めてだった。誰一人ゴルフにも行かず、午後になると三々五々やってきて飲み始める。 ほとんどが仕事の話で、聞き入たり議論したり、愚痴ったり揶揄したりして夜半まで続く、その連続の3日間であった。まるでセミナーのような充実さである。楓は俊介の再起動が近いのを感じた。 俊介が仕組んだのか仲間が図ったのかは分からない。そんなことはどうでもよかった。5年という歳月は再起するにはギリギリの時間に思えた。

仲間が去って3日後、ようやく宴の後始末がついて、静寂が戻ったその日、秋の気配のする晴れ渡った気持ちの良い昼下がり、昼食が終わって寛いでいる時、俊介が話し始めた。 仕事の依頼がきている、何年掛かるか分からない大きな仕事で引き受けたいと思っている。以前のように一人で動くのではなく、アメリカのチームと組む。俊介がした仕事を見て向こうからの指名である。 とりかかったら当分帰れない。興奮すると訥弁になる俊介らしい話し方だが楓には俊介の意欲と逡巡が理解できた。仕事の場所は南極だという。俊介は十数年まえ、南極をとっている。 その作品と経験を買われての依頼だろう。
「行きぱなしになるのね」
「最低で1年、2年になるか、3年になるかやってみないと分からない」
「いつから」「年明けから」
話は決まった。5年のブランクが有って再起動には望むべくもない仕事である。十分すぎる程充電も終っている。

楓は俊介をドライブに誘った。行く先は二人の気に入りのお花畑だ。小1時間高原の間道を縫って走ると開けた斜面に出る。スキーのゲレンデのような斜面一面に黄色い花が咲いている。 二人はゆっくりと花の中に車を乗り入れ、ゲレンデの真ん中で止まった。エンジンを切ると静寂が支配する、この瞬間を楓は好きだ。鳥の囀りが戻り、風が梢を揺らすざわめきが復活する。 用意してきたナプキンをボンネットに広げ俊介のためにジントニックをつくる。黄色い花を波打たせて風が花畑を渡っていく、二人とも黙ってそれを眺めている。圧倒的な黄色の氾濫に視覚が痙攣を起こしそうだ。 毛布を広げ横になって今度はどこまでも澄み渡った青い空を見上げる。

「愛している」と俊介がぽつりといった。楓が俊介にキスをして抱き合った。俊介が楓のショウツを脱がしに掛かり、楓が俊介のシャツのボタンをはずしお互いを裸にして二人は愛し合った。 「俺たちには子供は望めないな」と帰りの車の中で俊介いった。
「そうかも知れない」5年間できなかったのだから、「でも、さっきのは強烈だったからできるかも」希望をつなぐように楓は答えた。



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