男の隠れ家、女の城 1
「男の隠れ家」という言葉はじつによい響きである。なんとなくわくわくするし、何か落ち着ける、ゆったりした処、好ましい場所という響きがある。なんとなくであり、何かなのであるが夢を感じる響きである。隠れ家という以上は人目に付かない、知られない、なんびとも無想さには立ち入れない領域でなければならないだろう
悠々と急げ
茅ヶ崎東海岸へ向かうラチエン通りからちょっと入った砂丘の上に作家、開高健の仕事場がある。1974年建設当時は、通りの入り口に有ったパシフィックホテルから、この辺りは一面の松林であった。ちょっと時化ると海鳴りが聞こえる。松林の中の丘の上に見え隠れする白い家、ヴェトナム、アフリカと戦場を這いずり回ってよれよれの身体と精神を休めるには、格好の隠れ家である。
小さい坂を上って白い鉄の門扉を抜け、さらに上ると茶褐色のタイル張りの広いポーチにでる。
頭上にそこだけ切り開かれた明るい空がある。
玄関を入ると広いホールで吹き抜けの高い天井、嵌めつけの大きなガラスの向こうにレンガのテラスが輝いている。
ホールの中央に大テーブルが置かれ籐の椅子がそれを囲んでいた。部屋のコーナーに鈎型にベンチソファーが設えられている。ただそれだけでがらんとしている、素っ気ない。
開高さんはここで気の置けない編集者や友人と会い、戦争のこと、人間のこと、旅のこと、森羅万象のこと、食のこと、釣りのことを大声で語り、飲み、かつ食した。
開高健(かいこう たけし)
1930年、大阪市生まれ。第二次大戦後旧制大阪高等学校文科甲類(英語)に入学するが、学制改革のより翌年、大阪市立大学法文学部法学科(現・法学部)に入学。大学在学中、同人誌『えんぴつ』に参加。1952年、同人仲間だった詩人・牧羊子と結婚。『裸の王様』で芥川賞受賞し、これを機に執筆業に専念。1964年、朝日新聞社臨時特派員として、戦時下のベトナムへ。『輝ける闇』『夏の闇』『花終わる闇』(未完)の3部作はこの戦争の体験をもとに書いた。世界中に釣行し、『オーパ!』『フィッシュ・オン』など釣りをテーマにした作品も多い。食通であり、食と酒に関するエッセイも多数ある。1989年、死去。享年58歳。墓所は鎌倉・円覚寺。後半生の16年間を過ごした神奈川県茅ヶ崎市に開高健記念館が開設されている