
実は僕は、最初から時代小説を書いていたわけではありません。そもそも、作家になるなんて、夢にも思っていませんでした。
人生というのは、どういう方向に行くのか、わからないものだなと思います。
僕の父方の家は江戸時代に藩の両替商で、母方は酒屋という商人の家系です。戦後まもなく農地改革や預金封鎖などがあり、家もそれまでどおりの暮らしができなくなったため、
僕はサラリーマンになるしかありませんでした。当時、一族のなかで会社勤めを経験したのは、僕一人です。
10年会社勤めをしましたが、そのうち、バカバカしくなりました。祖母や叔父、姉の亭主が次々と亡くなり、人の命の儚さを実感し、気に染まない職場で生涯を過ごす意味がわからなくなったのです。
35歳で退社、わずかなお金を持って、家族を連れて故郷の和歌山に帰りました。
故郷で貸家を建て、その上がりで暮らせるようになると、何もすることがないんです。暇なのでボウリングばかりしていましたが、それにも飽きてしまいました。
会社につとめていた頃は枚方に住んでいましたが、たまたまお隣の家に、作家の高橋和巳さんや神戸の同人雑誌の編集者が遊びにきました。会って話しているうちに、ふと、
神戸で開かれる同人誌の会合に行ってみようかな、という気になったんです。
子どもの頃から読書が大好きで、本の虫でした。だからといって、若い頃から文学を志していたわけでは、まったくなかったのですが。
同人雑誌の維持会員になったら、編集者から「名刺がわりにひとつ、小説を書きなさい」
と言われました。そんなこと言われても、小説をどうやって書いたらいいのかわからない。見よう見まねで大酒飲みの叔父の話を書いたところ、新聞の同人誌評で取り上げられた。
言われるままに同人誌に発表しているうちに、37歳のときに書いた作品が直木賞候補になったんです。そのときは落選しましたが、よし、諦めずに小説を書いていこうと決心したわけです。
しばらくは自分のことを題材に小説を書いていました。その後、何年も温めていた紀州熊野灘の古式捕鯨をテーマにした『深重の海』を書き、直木賞を受賞しました。
それを機に、私小説から離れたわけです。それから、あらゆる傾向の小説を書きました。そのうち勧められて剣豪小説を書き、やがて歴史小説へと移っていったんです。
多くの編集者に導かれて、ここまできたと思いますね。
依頼があったから書くというのではなく、自分が本当に書きたいと思うものを書くようになったのは、ごく最近です。この4月に出る、佐川幸義という合気柔術の先生のことを書いた『孤塁の名人』も、
そういう本です。佐川さんは7年前に亡くなりましたが、気の力で人を投げ飛ばす。実際に目の前で見ましたが、何が起こっているのか、まったくわかりませんでした。
かつて王貞治さんを佐川先生のところに連れていったところ、王さんも稽古されましたよ。日本の武道の謎が、ここに秘められている。
そう思い、興味が沸き、どうしても書いてみたくなったんです。
僕ももう、若くはありません。これからは、自分が本当に書きたいものを書いていきたい。これからどんな作品が生まれるのか、自分でも楽しみですね。
人から言われて初めて知ったのですが、今までに出版した本は300冊を超えているそうです。手元には全部揃っていません。忘れている作品もあります。
題名を聞いて、「そういえば、そんな本も書いたな」と、思い出したり(笑)。300冊の本を書き、いずれ肉体は消えていく。本当に、夢のまた夢のようです
津本陽(つもとよう)
1929年、和歌山県生まれ。東北大学法学部卒業。会社勤めを経て作家に。78年『深重の海』で直木賞受賞。95年『夢のまた夢』で吉川栄治文学賞、2005年菊池寛賞を受賞。
幕末維新を主題にした作品に『龍馬』(全5巻)『勝海舟 私に帰せず』(全2巻)、『巨眼の男 西郷隆盛』(全3巻)『松風の人 吉田松陰とその門下』などがある。





