一休な宿泊
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2、歴史小説の醍醐味

坂本龍馬歴史小説の場合、実存する人物を描くことになります。書きたい気持ちにさせてくれるのは人間として共感できる人ですね。 人間、生きていれば、次から次へと難儀なことがふりかかってくるものです。それを正面から受け止めて、乗り越えていく人。 生きるエネルギーが強い人は、心惹かれます。坂本龍馬も、そういう人間です。

歴史上の人物を描く際、その人物はどういう人であったかは、自分で書いてみないとわからないものです。他の人が書いたものをいくら読んだところで、人物を把握しきれません。 実際に資料に当たり、いろいろつきあわせてみると、「あぁ、こんな人だったのか」と、その人物が見えてきます。最近、吉田松陰について書きましたが、 これも「松陰のことがわからない」と思ったからこそ、書く気になったのです。

時代小説を書く場合、資料が必要です。ただ資料は、沼の中にほんのわずか頭を出している岩のようなものです。そのわずかな手がかりを集めて、イメージを固めていきます。 想像力を駆使して、その時代のなかで人物が自在に動くところまで人物像を練り上げないと書けません。

たとえば現代に生きている人間は、灯芯の明かりだけで暮らすのがどのくらい暗いのか、想像がつかないでしょう。今でも夜開かれるお茶会「夜咄」は、灯芯の光のもとで行われます。 これが、本当に暗い。昔の人は、こんな光のもとで字を読んでいたのかと、びっくりします。しかもけっこう煤が出るので、顔を懐紙で拭うと、うっすらと煤がつきます。 着物も煤で汚れるんです。そういうことは、実際に経験してみて初めてわかります。

お手洗いも昔は家の外にある場合が多く、汲み取り式の厠だった。僕らの時代はそういうお手洗いを経験しているので、夜中に厠に行くときの寒さもわかります。 でも生まれたときからマンションで暮らしている今の若い人たちには、なかなか実感しにくいかもしれませんね。

もちろん僕も、江戸時代の生活を経験したくてもできないので、資料を眺めながら、時代の情景を掴むわけです。そのようにして風俗まで描かないと、時代小説はイキイキとしてきません。 どんな食事をとっていたのか、どんな着物を着ていたのか、書き手がリアリティを持って感じられないと、読者にも伝わりません。

小説の舞台になる場所は必ず訪れます。建物や町並みは時代とともに変わっていても、山の稜線や光の具合は変わりませんから、そういうものを実感したい。 その土地を自分の足で一度踏まないと、小説のなかの人間が動き始めません。長い時間、頭の中で醗酵させた末、やっと人物が息をし始めます。



津本陽(つもとよう)
1929年、和歌山県生まれ。東北大学法学部卒業。会社勤めを経て作家に。78年『深重の海』で直木賞受賞。95年『夢のまた夢』で吉川栄治文学賞、2005年菊池寛賞を受賞。 幕末維新を主題にした作品に『龍馬』(全5巻)『勝海舟 私に帰せず』(全2巻)、『巨眼の男 西郷隆盛』(全3巻)『松風の人 吉田松陰とその門下』などがある。


撮影 熊切大輔(インタビューカット)


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