
坂本龍馬については、かつて5巻、単行本を出版しました。そのとき書き残した点もあり、彼の商人的な要素にスポットを当てたいと思い、『商人龍馬』を書くことにしました。
政治がらみの志士たちは、幕府を倒し、社会体制を根本からひっくり返すことをまず考えていたので、武力を使うことを決心します。しかし龍馬は、ちょっと違います。
外国と対等になるためには、巨砲などによる軍備と、貿易によって品物を売買することが必要だと考え、それを目指していました。つまり商人的な発想をしていたわけです。
勝海舟も金貸しの子孫。桂小五郎も長州藩の藩医の息子ですが、もともと家は金貸をやっており財産家です。大久保利通は薩摩藩における、琉球貿易の窓口・琉球館書役でもありました。
調べていくと、幕末から明治維新にかけて活躍した人のなかには、商人的要素を持っている人がけっこういます。なかでも一番ビジネスマインドにたけていたのが、
坂本龍馬ではないかと思います。単に政治的な動きをしていたわけではないという観点から、もう一度、龍馬を捉えてみようと思ったわけです。
アジアの多くの国は、植民地や属国になった経験があります。そのなかにあって日本は幸い、そういう経験がありません。江戸時代の日本には290余の藩があり、
侍が200万人いました。山ばかりの国です。海外列強は最初、伊豆七島とか、五島列島、対馬、佐渡、樺太など、島を占領しようと考えていたようです。
当時、経済の大動脈は廻船による海路でしたから、沿岸を押さえると流通経済が止まってしまう。そうしたら自然に内乱が起きるだろうと、踏んでいた。
そういう時代に龍馬は、非常に鋭敏な経済感覚を持っていました。
テレビや映画で描かれる龍馬は、汚らしい格好をしている場合も多いですね。確かに晩年、土佐や長州に見放され、あっちこっち飛び回っていた頃には、そうだったかもしれません。
しかし、それ以外の時期は、大名の息子のような格好をしていたそうです。普通の人たちは、旅先で百文(ひゃくもん)くらいで一泊するところを、
三百文も四百文もする宿にしか泊まらず、贅沢もしたようです。
時代がひっくり返る時に活躍するのは、若い人たちです。そもそも年をとっている人たちは、世の中を変えようなどとは思わない。大きなお屋敷に住み、妾宅も構えているお偉いさんは、
保守的になるのが世の常。新しい時代の息吹を感じ、一歩踏み出せない。
龍馬が暗殺されたとき、わずか33歳でした。つまり日本の将来を見据え、大きな野望を持って走り回っていたのは20代です。商人として大成しようという志を持ち、
当代のトップであった人たちに、臆することなく会いに行った。不思議なことに龍馬は、そういう力のある人たちから嫌われないんですね。明るくて性格が鷹揚な人間だから、
なんとなく、みんなから好かれたのだと思います。
津本陽(つもとよう)
1929年、和歌山県生まれ。東北大学法学部卒業。会社勤めを経て作家に。78年『深重の海』で直木賞受賞。95年『夢のまた夢』で吉川栄治文学賞、2005年菊池寛賞を受賞。
幕末維新を主題にした作品に『龍馬』(全5巻)『勝海舟 私に帰せず』(全2巻)、『巨眼の男 西郷隆盛』(全3巻)『松風の人 吉田松陰とその門下』などがある。





