
ピアノを演奏することは、自分を率直に語ることと同じです。言葉を使えば心にもないおべんちゃらを言うこともできるけど、演奏は抽象的な媒体だから逆に何も隠せません。
いくら音楽的に技術的に洗練されても、その網の目を通り抜けて出てくるものは私の本質だと思います。
ただ、それを表現するのはテクニックです。そのためには練習するしかありません。いろいろな人生経験も必要かもしれないけど、最終的にはどれだけ鍵盤の上で練習するかです。
人生経験だけ豊富にしていたら、ピアノはどんどんヘタになります。(笑)
やっぱり40代になると若い頃と違い、何日かピアノから離れて遊んでいると弾けなくなってきます。スポーツ選手のように引退はしなくていいけれど、
体は衰えていきますから「こんなはずではなかった」ということも出てくるんです。でも作品の捉え方や弾き方が変わることで、
渋みが出たり、逆にもっと冒険的になることもあります。「これでいい」「大満足」と思う状態は悲しいくらいありませんね。
弾き続けていれば「あ、こう弾くと、こんなふうに聴こえる」と突如新しい発見をする場合もあるんです。
ピアノは持って歩けないので、本番で自分の楽器を弾くことはできませんが、私はそれも楽しみなんです。そこにあるピアノの鍵盤と仲よくなるのが得意です。
あまりにも調律が狂っていたら弾けませんが、ちょっとアクションが重かったり軽かったり、疲れた様子のピアノでも気にせず弾けます。
「このピアノから、こんなにいい音が出るとは知りませんでした」と言われると嬉しいですね。
発展途上国の大使館で小さなコンサートをすることもあるし、日本でも小学校に行って弾くこともあります。
そういうときはコンサートグランドではない、もっと小さなグランドピアノを使います。私が弾くことで「こんなに楽器がよく鳴った」と言ってもらえると自信になります。
小学生の耳もあなどれなくて、音楽のレッスンを受けていない子が「いつも校歌を歌ってるときと全然違う音だった」と言ってくれることもあるんですよ。
調律さえ合っていれば、私はどんなピアノでも弾けますし、今まで扱いに困ったピアノに会ったことはないですね。
どちらかというと、最初に座ったとき「あ、こいつ手強いな」というくらいのピアノが好きです。無愛想な頑固オヤジ、不機嫌な職人みたいな……(笑)。
少し重くて、音もくぐもっているようなピアノが、リハーサルしているうちに、あるときスッと歩み寄る瞬間があります。
残響の少ないホールで硬い音のピアノが、本番で驚くほど広がりのある音を出してくれたりすると、ほんとに嬉しくなります。
今回のコンサートでは、後半に弾くリストの「ソナタ」は楽器が存分に鳴るように書かれた曲ですから、大きいサントリー・ホールでどこまで音が出るのか、
思いきり出してみようと思っているのも楽しみです。小さな会場だと出すぎてしまいがちですが、大きい会場なら挑むように鍵盤の奥のほうまで弾いても大丈夫だと思うんです。
でも私、よく演奏がダイナミックと言われますが、普段は気が小さいんですよ(笑)。一方的に言うならまだしも、言い合いになったら声も出なくなって泣いて終わってしまう。
でもなぜかそうは思われない……思い込まれるのは怖いですね、繊細なんですよ。(笑)
小川典子(おがわのりこ)
繊細なタッチから、ダイナミックな大音量まで、楽器の能力を最大限に引き出す日本を代表するピアニスト。1987年リーズ国際コンクール3位入賞を機にロンドンと東京を拠点として活躍。
日本はもとより、フィルハーモニア管弦楽団、ロイヤル・リヴァプール管弦楽団など世界の主要オーケストラ、指揮者との共演も数多い。
録音も北欧最大のレーベル、BISと専属契約を結び、話題を呼ぶ20枚のCDをリリース。現在は「ドビュッシー・ピアノ曲全集」録音を進行中。01年、英国の実力派ピアニスト、
キャサリン・ストットとピアノデュオを結成。2人のために作曲されたG・フィトキン作曲の2台ピアノ協奏曲「サーキット」は、今夏にミューザ川崎シンフォニーホールにて東京交響楽団と演奏、
CD録音をし、大成功を収めた。08年には演奏活動20周年を迎えサントリーホールを始めとした各地でのリサイタルを予定している。
今までの執筆原稿と新たに書き下ろしたものを加えた本が、時事通信社より2008年刊行予定である。
ミューザ川崎シンフォニーホール・アドヴァイザー。「ジェイミーのコンサート」主宰。1999年文化庁芸術選奨文部大臣新人賞受賞。2006年川崎市文化賞受賞。
オフィシャルホームページ http://www.norikoogawa.com/




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