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2、弾きたいという純粋な気持ち

ロンドンへ行くまでの私は、ピアノは弾けるけど、きちんとフレージングできないところがありました。 法則に則った演奏法があり、楽譜の読み方があることを教わっていなかったので、無鉄砲に弾いていただけでした。 ピアノを演奏するには、天から授かった才能だけでは限界があり、音楽の法則をわかっていなければいい演奏はできません。それを、先生から教わることができたのです。

こんなチャンスはありませんから、レッスンの場では、ものすごく貪欲になっていました。 私がじっと睨んで聞いているから、先生は怖くて私の目を見られなかったらしいですよ(笑)。 私は先生を睨んでるつもりはまったくなくて、教わったことを一つ残らず憶えようと必死だったんです(笑)。
ピアノを始めてから十数年間、できていなかった部分を、2ヵ月半でグングン吸収することができて、ほんとに充実していましたね。 あまりに充実していたので、その成果をみせようという欲すら持っていなかったんです。 リーズのコンクールでは腕試しというより、ただひたすらお客さんの前で演奏したい気持ちにあふれていました。

そうしたら、なんと1次予選のときから拍手が多くて、2次でもとんでもなくよく弾けてしまって、「あれ!? あれ!?」といううちに本選まで行ってしまったのです。 あのときは、ほんとに純粋な気持ちで、その気持ちがほとばしったんでしょうね。ほとばしらせるだけのツールを、先生が教えてくださいましたね。 音楽は楽器を使って表現するものだから、いくら頭でこう弾きたいと思っても、手がその表現方法を知らなければ伝わらないものです。 その方法を学んだので、とても気持ちよく弾けました。その生き生きと弾いてる様子が、お客さんにも審査員の先生方にもプラスアルファとして出て、 3位に入賞したんだと思います。

音楽コンクールはオリンピックのように金メダルを取ることが目的でなく、名前を覚えてもらうためのものです。コンクールが終わって1ヵ月くらいの間に、演奏会の声がかかるか、 かからないかでデビューできるかどうかが決まります。つまり「売り物」になるかどうか見ているんですね。 1位に見合う優秀な演奏をしたら自動的に仕事がくるというわけではありません。「売り物」になると思ってくれる人がいなければ演奏会の話はきません。

おかげさまで私は何本か演奏会が決まり、プロの演奏家になることができました。ほんとに嬉しかったけど、同時に「これは大変なことになったな」とも思いました。 コンクールなら失敗しても一人で泣けばいい。でもプロになったら責任を持って約束の日に約束の曲をきちんと弾かなければなりませんから。 演奏会で「こういう曲を入れてください」と言われても、自分の気持ちと合うこともあれば合わないこともあり、最初のうちは試行錯誤でした。 学生からすぐプロの演奏家になったので、実地訓練もなく余裕がなかったんですね……今も余裕はあまりないですけど。(笑)

プロになれて、素晴らしい音楽家、アーティストとの出逢いがたくさんありました。なかでもキャサリン・ストットさんには強い影響を受けました。 彼女はプロとしての意識が素晴らしい。自分ができることとできないことをきっちり区別して、「もしかしたらできる」とか「ダメかもしれない」という言い方はしない。 どのくらい続けて演奏会でピアノを弾いたらクオリティが落ちるかという判断もできる。 音楽会の企画も上手で、新しいアイデアを実現させるために怯まずに突き進むところも見習っています。 会うと普段はファッションなど他愛ない話をしていますが、いざ仕事の話に切り替わると一言一言感心するばかりです。

イギリスは音楽家にとって、住みやすいところなんです。新しく書かれた曲に対しての理解が深く、自分たちの耳でそれを判断する力がある。 誰かがいいと言ったから「この作曲家はいい」ではなく、自分がいいと思ったら声を大きくして言うだけの自信が彼らにはあります。 それにイギリスといえば伝統の国で、バロック音楽が流れ、馬車が走ってるようなイメージがありますが、スポーツ発祥の地、電車発祥の地であり、 ミニスカートやビートルズが生まれた国です。実は新しいものが好きなんです。伝統も守っているかもしれないけど、それはもったいないから捨てないだけで(笑)。 新しい企画を持って行くと、日本の反応とは反対に、すぐ「fantastic! Let’s do it」と言ってくれます。できないのに言うこともあるのですが(笑)、 そこは見極めなくてはいけないんです。



小川典子(おがわのりこ)
繊細なタッチから、ダイナミックな大音量まで、楽器の能力を最大限に引き出す日本を代表するピアニスト。1987年リーズ国際コンクール3位入賞を機にロンドンと東京を拠点として活躍。 日本はもとより、フィルハーモニア管弦楽団、ロイヤル・リヴァプール管弦楽団など世界の主要オーケストラ、指揮者との共演も数多い。 録音も北欧最大のレーベル、BISと専属契約を結び、話題を呼ぶ20枚のCDをリリース。現在は「ドビュッシー・ピアノ曲全集」録音を進行中。01年、英国の実力派ピアニスト、 キャサリン・ストットとピアノデュオを結成。2人のために作曲されたG・フィトキン作曲の2台ピアノ協奏曲「サーキット」は、今夏にミューザ川崎シンフォニーホールにて東京交響楽団と演奏、 CD録音をし、大成功を収めた。08年には演奏活動20周年を迎えサントリーホールを始めとした各地でのリサイタルを予定している。 今までの執筆原稿と新たに書き下ろしたものを加えた本が、時事通信社より2008年刊行予定である。
ミューザ川崎シンフォニーホール・アドヴァイザー。「ジェイミーのコンサート」主宰。1999年文化庁芸術選奨文部大臣新人賞受賞。2006年川崎市文化賞受賞。
オフィシャルホームページ http://www.norikoogawa.com/



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