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2、「熱狂の日――ラ・フォル・ジュルネ」とシューベルト

偶然なのか、必然なのか――「ラ・フォル・ジュルネ」との出会いは、不思議でした。確か地下鉄の駅でポスターを見たのがきっかけだったと思います。 他のコンサートとは何か違うという直感が働きましたね。心が惹かれて、ふっと引き込まれてゆき、次の週には実際に東京国際フォーラムの会場にいました。

茂木健一郎1 音楽の感動の深さでは、「ライブ=生演奏」に勝るものはありません。脳へサインを送る力を考えると、CDやDVDの音はライブ演奏を決して超えられない。 ライブ演奏とは、今、ここで生きていることですからね。演奏家も聴衆も、同じ時間と空間で息をしている。そこで起きることはいつも未知だし、起きたことは瞬く間に過ぎ去る。 次の一瞬、次に発せられる音を、息をつめて全身全霊で聴く。そのとき脳はおのずと能動的な状態になり、そこで生まれた感動は、自分自身の経験として必ず残ります。

だからぜひ、生の音楽を聴いてもらいたい。ところが日本では、質の高い演奏を聴こうと思うとチケットも高額になるから、敷居が高い。 だからクラシックと出会うチャンスをなかなか得られないんですね。ですが、「ラ・フォル・ジュルネ」は、1番高い公演のS席でも3,000円しかしない、1,500円ぐらいで、 無料公演もたくさんあります。しかも奏者は、国内外の一流アーティスト。朝9時から夜11時まで絶え間なく音楽が流れ、家族連れでリラックスして、本物の音楽を味わえる。 その画期的な仕掛けに感服しました。
「ラ・フォル・ジュルネ」を日本語に訳すると「熱狂の日」。いい音楽をみんなで分かち合いたいという哲学を持っているフランス人のルネ・マルタンさんが、 1995年にフランスのナントで始めた音楽祭です。今ではナントでの会期中に二十万人もの人が訪れ、まさに「熱狂の日」です。2005年からは東京でも開催され、僕も足を運び、感激したわけです。

茂木健一郎2 今年もゴールデンウィークに東京国際フォーラムで開催されますが、今回のテーマは“シューベルト”。僕にとってのシューベルトは、「歌のある人」です。 歌曲というジャンルを創り上げた人というイメージがありますね。シューベルトの歌曲は、無理に背伸びすることのない、人間の生身の温かさが感じられます。

彼は、当時のアカデミックな世界からはずれた人だったんですね。中枢にいなかったたからこそ、ああいう歌を書けたのかもしれません。

たとえばバッハの曲は、神に通じるような宇宙的な荘厳さがありますが、シューベルトの『冬の旅』には、失恋した青年が描かれています。 時代を超えても、人が人であるがゆえに経験する感情は普遍的です。そんな、日々生きていく中での嬉しさや悲しさ、喜び、切なさを奏でているのが、シューベルトの音楽だと思います。

若い頃には正直、今ほどシューベルトに惹かれませんでした。でも年を重ねるなかで、シューベルトのよさが心に染みるようになってきました。 生きていくうえでいろいろな経験あってこそ共感できる、人間くさい音楽と言えばいいのか。一人の人間の中にひそむ感情の機微を、そのまま音楽として描くことができた作曲家だなと感じます。
今年の「ラ・フォル・ジュルネ」は、たとえば『冬の旅(ます)』というひとつの曲をとっても、原曲はもちろん、さまざまな編曲を聞くことができます。
またシューベルトがワールドミュージックに影響を与えた例として、トリニダード・トバゴのパーカッショングループによる演奏もあるそうですよ。 いったいどんな響きになるのか期待します。さまざまなシューベルトと出会えそうで、今からワクワクしています。


2008年ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭のアンバサダーを務める。
“ラ・フォル・ジュルネ”
「熱狂の日」音楽祭2008 「シューベルトとウィーン」
・東京国際フォーラム 5月2日(金)〜5月6日(火)
・丸の内・周辺エリア 4月29日(火)〜5月6日(火)
http://www.t-i-forum.co.jp/lfj



茂木健一郎(もぎけんいちろう)
1962年、東京生まれ。脳科学者。東京工業大学大学院連携教授、東京藝術大学非常勤講師。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院物理学専攻課程修了。理学博士。 理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現在に至る。2005年、『脳と仮想』「で第4回小林秀雄賞を受賞。著書に『脳内現象』『脳の中の人生』『感動する脳』『脳を活かす勉強法』 『すべては音楽から生まれる』などがある
茂木健一郎 クオリア日記(ブログ) http://kenmogi.cocolog-nifty.com/



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