
イリノイ州を拠点にする世界的なカルテット、「フェルメール・カルテット」のメンバーになったのは1973年。
同時に北イリノイ大学の助教授になり、5年間をこの地で過ごすことになりました。
カルテットはヴァイオリン2本、ヴィオラ1本、チェロ1本で編成されており、どの楽器も緻密さや深さがものすごく近いんです。
音楽の書かれ方も、トリオだともう少しソリスト的な要素があるし、クインテッド以上になるとシンフォニー的な要素が出てくるけれど、
カルテットは全部そぎ落としたエッセンスだけです。だから、一つひとつの音が大事だし、演奏家はみんな自分の意志、考えがあるので、すごくぶつかりあいます。
普段は、顔を合わせないようにしている傾向はありますね。演奏会の前に食事をするときも、偶然に同じレストランに入ったとしても、店の端と端で別々に食べているんです。(笑)
そのぶつかりあいを越えたとき、すばらしい音楽が生まれる。妥協して、相手の気持ちを尊重しすぎると、中途半端なものになってしまいます。
弦楽四重奏曲には名曲がたくさんあります。演奏していると、本当に音楽家でよかったと思わずにはいられません。「無人島に一人で行くとしたらどういうCDを持っていきますか?」
と聞かれたら、「これだ」と答えたい曲がたくさんあります。
いわゆるオーケストラは、打楽器から管楽器、弦楽器と、混色の面白さがあるけれど、カルテットは似たような音の弦楽器だけ。
それだけに余計、精神的なものが要求されます。だからこそ本当に深く煮詰めていかないと、いいものができません。
「フェルメール・カルテット」を辞めてからイギリスで1年間暮らし、その後、オランダに行き、その間に再婚をして子どもが生まれました。
目まぐるしい生活の連続でしたが、最近は教える活動も増えてきました。
今はジュネーブ音楽院とアムステルダム音楽院で教授活動をしているほか、夏のセミナーやマスタークラスなどで教えています。
音楽を学ぶ学生たちも、なぜ自分は生きているのかとか、そういう根本的なところまで考えるんでしょうね。なんのために音楽をやるのか。なぜ弾くのか。
理由や目的が自分なりにわかると、目標も定まってきます。今まで指導者から言われたことをやっていたけれど、それだけではいけないとわかった時点で、すごく変わってきます。
そういうときは、指導者として一番嬉しいですね。
日本にカザルスホールができてからは、プロデューサーとしての仕事もするようになりました。
ヴィオラという楽器をもっと多くの人に知ってもらい、聞いてほしいという思いから、お引き受けしました。
私が思っている音楽とは、とても精神的なものです。身体がなくなっても残るような深さを持ち、人の心を動かすものでありたい。
魂のレベルで、人を元気づけるような演奏をしたいですね。そのためには、ヴィオラは最適な楽器です。落ち着いた音は、肉声の範囲で高すぎず、人の心に自然に入ってくる音です。
私は常に変わっていく人生を経験してきたし、今も経験しています。頭を抱えたこともたくさんありましたが、だからこそ今があります。
私が大好きな言葉は、「ノー・リスク、ノー・グローリー」。大変だからこそ、うまくいったときの喜びも大きい。
人との出会いも、音楽との出会いも、まさに一期一会。その瞬間、その瞬間に、ものごとに対して真剣に、全力を尽くす。何があっても諦めないことが大切です。
生きていればいろいろな困難なことがあるし、試行錯誤の連続です。感受性を研ぎ澄ましていればすべてが糧になる、そう思います。
今井信子(いまいのぶこ)
1942年生まれ。若い頃から数々の国際コンクールで受賞し、現在、国際的なヴィオラ奏者として、ソロ、室内楽に活躍。後進の指導にも力を注いでいる。
ヴィオラ音楽の振興に力を尽くし、とくに1992年からはじめた「ヴィオラスペース」は、ヴィオラの祭典として世界的に知られている。
ヴィオラのための新しい作品も数多く初演し、CDも50タイトルを超えた。
その功績に対して、サントリー音楽賞、芸術選奨文部大臣賞、紫綬褒章など、数多くの賞が贈られている。
近著には歩んできた道の回想エッセイ『憧れ ヴィオラとともに』がある




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