| 西村 |
終戦直前の昭和20年の1月です。 |







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| 渡辺 |
京都は戦災を受けていないんだからね。 |
| 西村 |
だから、昔の京都の人は、戦争というと応仁だと思ってしまいます。戦争の被害をずっと受けなかったですから。 |
| 渡辺 |
そうそう、ここは水がうまい。今朝も部屋のポットにあったのを飲んだんだけど。 |
| 西村 |
京都は御所の近くの梨木神社の水が有名ですけど、ここは同じ水脈です。井戸の深さによって、水の味が違います。 |
| 渡辺 |
相当深いんですか? |
| 西村 |
うちが60メートルほどです。御池の地下鉄ができる前は、浅井戸を使っていましたが、地下鉄ができて、かなり掘り下げられたので浅井戸が出なくなってしまいました。 |
| 渡辺 |
屋敷内の井戸からこんなにいいお水が出るのがすごい。柔らかい水だね。 |
| 西村 |
水の味がよくおわかりになるんですね。 |
| 渡辺 |
味はわかるの。それと新館を見せてもらったけど、よかったなあ。 |
| 西村 |
私どもで一大決心をして、次の世代に残していくという思いで作ったんです。 |
| 渡辺 |
光をうまく利用して、お風呂も落ち着いて、床の間や天井などの明りとりもよく工夫していて。 |
| 西村 |
何年か構想して、やっとでき上がったのが去年です。一部屋ずつ全部作りが違います。天井も床の間も、間取りも。脚が悪い方や、布団が苦手な方にベッドの部屋も作りました。一部屋ですが。 |
| 渡辺 |
対談をしているこの部屋は、三島由紀夫さんがよく泊まったんですか? 川端康成さんのお気に入りの部屋もあるとか。 |
| 西村 |
そうです。三島先生がお泊りになった部屋ですね。吉川英治先生も。 |
| 渡辺 |
ここで書いたのかな? あそこの窓側の机で書いたのかな。 |
| 西村 |
書き物をされたかどうかはわからないです。 |
| 渡辺 |
当時の文机は低くて小さくてね。よくあんなところで書いたと思うけど、当時の作家は書く量が少なくて、今の作家よりはるかに優雅だったようでね。原稿料も高かったから。 |
| 西村 |
川端先生はよくお泊まりになりました。先生はどこでお書きになりますか? |
| 渡辺 |
僕は机とイスがないと書けない。昔の人は足がしびれなかったのかな。 |
| 西村 |
川端先生は奥様とか、お仲間が来られた時は、いろいろなところへ行かれて、お一人の時にはゆっくりなさってくださいました。 |
| 渡辺 |
川端さん、こんないい旅館に1人で来るの? 彼女と来たりしないんですか。ヤエさんに聞いてみないと。(笑) |
| 西村 |
ヤエを引っ張り出してこないとわかりませんね。母もお目にかかっていますが、そんなにお親しくもなく、ごあいさつする程度でしたので。 |
| 渡辺 |
川端さん、しゃべらない人だったようで。女性も黙って見ているだけで。 |
| 西村 |
第一印象がすごく厳しい視線だったとか。几帳面で厳しいという感じが母にはあったようですが、お話しすると物腰の柔らかい方でいらしたようです。 |
| 渡辺 |
僕が知っている祇園の芸子が舞妓の時に、川端さんにホテルに呼ばれて。「コウセイです」っていわれたので、「え、コウセイさんってどなたですか」ってたしかめたっていってた。康成(やすなり)のことをコウセイっていうんだね。ちょっと来てほしいと呼ばれて部屋に行くと、「あ、そこに座っていて」っていわれて、黙って見られるだけで、いたたまれなくなったらしい。「何かお茶でも飲む?」と聞かれただけで、あとは20〜30分、ほとんど話もなかったので、「もう帰ってよろしおすか」っていうと、「ああ、ご苦労さん」って帰してくれたって。 |





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| 西村 |
川端先生はヤエから聞いても、お話はされる方ではなかったようですね。 |
| 渡辺 |
川端さんは、京都ものを何本か書いているから。 |
| 西村 |
でも、そうやって、いろいろ京都をじーっと観察してはったんですね。 |
| 渡辺 |
変な話だけど、川端さんは視姦だね。目で見るだけで犯しているんじゃないかなあ。ところで、その当時と部屋の大きさは、ほとんど同じですか。 |
| 西村 |
変わっていません。御池通りがだんだんにぎやかになってきたので、防音のためサッシを入れたぐらいです。 |
| 渡辺 |
部屋のトイレに入っておかしかった。洋式の座るトイレと、しゃがみ込む和式のと、両方が同じ部屋に二つ並んでいる。昔はあのようにしゃがんでしていたんだったと懐かしかった。今でも和式じゃないと困る人がいるんですか。 |
| 西村 |
もういらっしゃらないでしょうね。ちょうど洋式に変えていく時に、まだちょっといらして、和式をつぶすよりはと2つ並べました。外国の方が、日本のトイレをぜひ見たいとおっしゃって、和式がある部屋に泊まってトライして、1回でギブアップされましたけど(笑)。もう日本の方でも無理ですね。 |
| 渡辺 |
ここは、外国の方も多いんでしょ。 |
| 西村 |
去年、今年でずいぶん多くなりました。インターネットの時代ですから、ネットで探して予約なさいます。それから、国のビジットジャパンや京都市の海外誘致PR活動の影響もあるようです。 |
| 渡辺 |
いわゆる、古い日本のスタイルにあこがれて来る人も多いだろうな。 |
| 西村 |
日本に来ても、日本らしいところがなくなってきましたから、京都へいらして、たとえ1日でも旅館へ泊まる。京都の一番いいところはどこだとよく聞かれるんですが、答えにくい。京都は焼け残って、どこが一番っていわれても、その人の好みにもよりますし、何を求めて来られるかにもよりますし。工芸・文化・芸術、いろいろあって、ものすごく難しい質問なんです。 |
| 渡辺 |
柊家っていう名は、どなたがつけたんですか? |