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一期一会

海石榴一期一会

一 三 四

二. 原点回起の「海石榴」

齋藤 最初はこちらの「海石榴」はなくて、隣の「山翠楼」だけでした。あの当時、昭和35年から36年は団体旅館全盛で、オリンピックが開催されるので、旅館がみんな大型化していきました。私が結婚したころ、各地建築中でしたね。それで、ちょっと反省したんです。旅館ってこんなものじゃないよね、っていうことになりまして、たまたまこの「海石榴」の土地が更地でしたので、じゃあ本当の旅館を建てようと昭和53年に作ったんです。 百会楽話 渡辺淳一 × 齋藤朝子 入り口の様子

百会楽話 渡辺淳一 × 齋藤朝子 海石榴大女将
渡辺 同じ湯河原でも、この「海石榴」は別格という感じがあったなあ。高級名旅館っていう。いろんな雑誌にも出てみんなの憧れの旅館だった。奥湯河原も多人数で入れる旅館はいっぱいあったでしょ。
齋藤 熱海にも大型の旅館はたくさんありまして。ただ私どもは、「山翠楼」が戦前の昭和8年から始めましたから、当時の旅館は、お客様がいらして、何日もゆっくり滞在なさって静養なさるところでしたのに、まったく違う形態の旅館になってきたので、それはおかしいと。私が素人だからできたというか、してしまったんです。最初はらしくないという旅館で、採算が合わなかったですね。
渡辺 それが個性っていうか。名旅館の元になったんだねえ。
齋藤偶然ですね。
渡辺ある意味、お嬢様のお遊びで。それにしてもこの名前、「海石榴」という漢字。正しいんだろうけど、読めない。
齋藤 先生はよくご存じでしょうけど、10万人に1人ぐらいですね、読める方ね。そういう文学者の方とか、書家の先生。あとは古語を研究なさっている方とか、そういう方ぐらいです。普通は読めませんけど、広辞苑には載っております。万葉集にも何ヵ所かありますね。「海石榴」は中国がつけた漢字です。木へんに春の「椿」は日本で作った漢字。
渡辺 頑固に変えないわけだね。 百会楽話 渡辺淳一 × 齋藤朝子 海石榴大女将
齋藤 そう、頑固なんです。ツバキというのは湯河原にゆかりがあって、大観山椿ラインがすぐ近くですが、そのほかにも椿寺もございます。もともとツバキがこの土地に合うのかもしれませんね。主人も私もツバキが好きで集めておりました。
渡辺 ここも桜の後に咲くんですか。
齋藤 前に咲きます。3月ぐらいですけど、本当をいうと先生、秋から咲いてます。ツバキというのは秋から咲く種類があります。
渡辺カンツバキっていうのもあるから、そうだね。冬も咲いている。
齋藤 咲いています。それでワビスケも12月から咲くし、秋にはまたいろいろ違う秋の種類がありますので、夏以外は咲きますね。一番盛りは3月です。
渡辺 ワビスケ(侘助)も咲くの?
齋藤 ワビスケもたくさん種類があるんですよね。
渡辺 白っぽいのしか知らないけど。“侘助”って名前が好きで、『ひとひらの雪』に使ったことがある。 百会楽話 渡辺淳一 × 齋藤朝子 海石榴大女将
齋藤 白いのはシロワビっていうんですが。あとはコチョウワビスケとか、スキヤワビスケとかいろいろあります。ひそやかで、けなげに咲いているところがいいですね。
渡辺 凛としている。
齋藤 ここを作った時には、普通の旅館が1泊4000円ぐらいの時に、1万9000円位でした。とにかく法外なもので、旅行業者にも、「そんなお客さんいないよ」っていわれて、2、3年は苦労しました。
渡辺 それが結構増えてきた。それは口コミだね。
齋藤 そうですかね。考えていたコンセプトは“泊まれる料亭”です。
渡辺 料亭で泊まれるっていうのはすごいな。
齋藤 たまたま温泉地ですから、お泊まりもどうぞっていう姿勢で始めた意気込みはよかったんですけど、実際には……。

渡辺 新幹線がない頃は、ここまでどのぐらいかかったのかな。 百会楽話 渡辺淳一 × 齋藤朝子 海石榴大女将
齋藤 在来線ですと、今でも東海道線の鈍行は2時間です。急行で1時間15分ぐらいですから。で、新幹線は湯河原には止まりませんので、熱海から戻っていただくのが一番いいんですが。熱海まで50分で、こちらまで車で15分か20分。1時間ちょっとで来られるんですよ。そういう意味では近いんですが、何となく奥に入ったっていう感じがあるんでしょうかね。
渡辺 これだけ緑が豊かで深いと、来たかいがある。
齋藤 お忙しい方ほど喜ばれます。毎日ビルの中で過ごしていらっしゃるから。
渡辺 じゃあ実質的な女将さんとしてもう何年になりますか。
齋藤 46年。でも最初は、何もわからないですから。実はここに来ました時に、父も母ももういなかったんです。主人だけでしたから、何もわからなくて。
渡辺 やりたい放題。
齋藤 自己流。

渡辺 それがよかったんだね。
齋藤朝子(さいとう あさこ)
1961年から「山翠楼」の女将になる。1977年、「海石榴」創業時、女将となる。現在は大女将。



渡辺淳一 (わたなべ じゅんいち)
北海道生まれ。医学博士。1958年札幌医科大学卒業後、整形外科講師となり、医療のかたわら小説を執筆。1970年『光と影』で直木賞を受賞。1980年に吉川英治文学賞、2003年には菊池寛賞などを受賞。北海道・札幌に渡辺淳一文学館がある。作品には「阿寒に果つ」「無影燈」「白夜」「ひとひらの雪」「失楽園」など多数。現在文壇の第一線で活躍している。

オフィシャルブログ | 渡辺淳一文学館

齋藤 おかしいことばかりだったでしょうね。でも旅館っていうのは、考えれば、自分の家にお客様をお迎えするようなものじゃないですか。それしかわかりませんから、そのようにしておりました。
渡辺そうはいっても、お金を取るからね。
齋藤 知らない方を毎日お迎えするんですから、失敗ばっかりでした。
渡辺 それでも許されて、よほど奇麗だったんだろうね。
齋藤 いえいえ。
渡辺 この前、山本富士子さんに会ったけど、本当に奇麗だった。声も声量豊かで朗読するの。野口雨情の生い立ちから詩をね。横で男性の歌手が歌うんだけど。すごく奇麗でびっくりした。あの人は74歳かな。おかみさんも同じぐらい。
齋藤 またまた。(笑)


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海石榴」は一休.comからご予約いただけます。

Photographs by Naoki Wada




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