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一期一会

海石榴一期一会

二 三 四

一. 銀座育ち

齋藤 わざわざおいでいただいて。 百会楽話 渡辺淳一 × 齋藤朝子 海石榴大女将
渡辺 僕は、ずいぶん前に、ここに来ていると思うんだけど。
齋藤 思い出してくださいました、先生? 大変ごぶさたをいたしました。お久しぶりでございます。
渡辺 その時、女将さんいましたか?
齋藤おりました。
渡辺まさか。30年以上前ですよ。
齋藤 先生は多分覚えていらっしゃらないだろうなと思って。出版社の方と20人ぐらい。
渡辺 いや、その前にもっと少人数で。
齋藤 そうですか。その後は覚えていらっしゃるんですか?
渡辺 たしか広間で宴会をした。じゃあ、女将さんはここに何年からいることになるの? 百会楽話 渡辺淳一 × 齋藤朝子 海石榴大女将
齋藤 あまりいいたくないんですが、46年おります。
渡辺えっ、46年? その時に生まれたんじゃないでしょ。(笑)
齋藤 幼稚園からおりますのよ(笑)、先生。
渡辺 僕ね、一番初めは、集英社の先々先代の社長の堀内さんに招待されてここに来ました。
齋藤 では違いますね。その時は留守だったかもしれません。その次に私はご挨拶しているんです。多分覚えていらっしゃらないと思って、今日は最初からお久しぶりですっていって、脅かしちゃおうかなと思っていたんですが。
渡辺 僕はその時に会った人があなたとは思わなかった。もう相当なお年になっていると思っていたんだよ。 百会楽話 渡辺淳一 × 齋藤朝子 海石榴大女将
齋藤 相当の年なんです。(笑)
渡辺 いやあ、若い。びっくりしちゃった。あのときの人なら、もうずいぶん変わっているはずだって。(笑)
齋藤 「海石榴」ができて30年ですから、来年で。
渡辺 その前ですよ。
齋藤 では「山翠楼」にいらしたんですね。
渡辺 そうそう、そうかもしれない。
齋藤 その時も私ですね。

渡辺 そのころは小学生で(笑)。そうとしか思えないもの。
齋藤 その時にこの色紙を書いてくださったんです、先生。
渡辺 ほんとだ。これは僕の字だ、間違いない。今はもっとうまいけどね。(笑)
齋藤 でもこれも達筆ですね。みんなで感心していましたけど。
渡辺 紛れもない。
齋藤 紛れもないですよね。で、その時は「海石榴」の本館の宴会場で、何人かで宴会をなさったんですよ。
渡辺 そうかあ。いずれにしてもすごいね。
齋藤 もう一枚のほうは意味がわからなくて、今日おいでになったらお聞きしようかと。

渡辺 「危所に遊ぶ」って。 百会楽話 渡辺淳一 × 齋藤朝子 海石榴大女将
齋藤 どうして危所なんだろうって思いまして。
渡辺これはね、世阿弥の言葉で。危ないところで遊ばないと、本当の意味で勉強になり、身につかないということで。安全なところだけでうろうろしていては人間の本質はわからない、ということだね。
齋藤 先生は危ないところばかりを(笑)。今日はまたおいでいただけて、ありがとうございます。うれしゅうございます。
渡辺 熱海からちょっと入れば来れたのに、本当にご無沙汰しちゃって。
齋藤 これをきっかけに。
渡辺 わかりました。でも、本当にびっくりしたなあ。同じ女将さんとは思わなかった。
齋藤 まだ代が変わっていないんです。
渡辺その時から立派な大人だったんだ。
齋藤 そういうことですね、きっと。
渡辺 こういういいお湯につかっていると、年を取らないのかな。
齋藤 それは強調していただいて、温泉がいいのはたしかです。

渡辺 ここの泉質は? 百会楽話 渡辺淳一 × 齋藤朝子 海石榴大女将

百会楽話 渡辺淳一 × 齋藤朝子 海石榴大女将
齋藤 単純弱塩泉です。ちょっと塩気があるので肌がつるつるしますでしょ。塩分があると温まるので、腰痛とか、傷とかに効きます。
渡辺 僕は、ずっと五十肩なんだけど。
齋藤 五十肩?
渡辺 年を取っても六十肩とか、七十肩と増えていかない。四十肩から五十肩にはなるけど。
齋藤 便利な病名ですね。
渡辺 そうなの。さっき温泉に入ったからかな、少し快くなったような気がしてきた。
齋藤 入られて肩を回したりするといいかもしれません。2、3日滞在なされば、治られますよ。
渡辺 奥湯河原って、かなり遠いかなと思ってたんだけど。
齋藤 全然遠くなかったでしょ。
渡辺 熱海から車で来るとすぐだね。
齋藤 20分ぐらいでしょうか。
渡辺 しかも山の深さがよくわかる。
齋藤 そうなんですよ。もうちょっと晴れてくると、本当に山が見えていいんですけどね。
渡辺 「山翠楼」はこの向こう側にあったんですか。
齋藤 先生がお泊まりになった「山翠楼」はすぐ隣です。土地は続いております。その時も先生がお書きになったご本を何冊かくださったんです。ありがとうございました。『女優』とか『くれなゐ』とかを。
渡辺 そうか、そのころか。
齋藤 「海石榴」が今29年目ですから、多分25年ぐらい前だったでしょうか。
渡辺 女将さんは、他所からここにお嫁さんに来たんですね。
齋藤 間違って来てしまって。
渡辺 どこにいたんですか。
齋藤 生まれは東京の新宿ですが、戦災で丸焼けになりまして、鵠沼にある別荘にずっとおりました。それで結婚して、また東京だったんです。結婚した時の住所は、中央区銀座8-7-3でした。
渡辺 僕が毎晩行っているところじゃない。(笑)
齋藤 先生のおなじみのところですよ。
渡辺 西銀座のどまんなか。

齋藤 そう。日航ホテルの真裏ですね。久兵衛さんの隣ぐらいですね。並木通りとの間に小さい通りがありまして。周りがほとんどバーという感じでしたね、あのころ。芸者の置き屋だったのを父が買って、そこを仮住まいにしておりました。旅館の案内所も兼ねておりました。実際にはそこには住みませんでした。私は毎日そこの事務所へ行って、予約の業務をやっておりました、毎日、銀座の様子を眺めて。 百会楽話 渡辺淳一 × 齋藤朝子 海石榴大女将
渡辺 正しくは何年ごろ?
齋藤 昭和35年から36年。
渡辺 35、36年からいたの?
齋藤 あのころはよかったですよ、華やかで。
渡辺 僕が銀座のクラブに初めて連れて行かれたのが昭和40年。女性はもちろん綺麗だったけど、服装や持ち物も豪華で。
齋藤 それで夕方になると、奇麗なお姉さんがたくさん出勤していらして。とても活気がある面白いところでしたね。
渡辺 銀座で育ったようなものですね。

齋藤 そうですね。芝の大門に日活アパートがあったんです。マンションのはしりみたいな。そこに住んでおりました。それからは、今の目黒に。先生のお宅も前は近かったですよね。
齋藤朝子(さいとう あさこ)
1961年から「山翠楼」の女将になる。1977年、「海石榴」創業時、女将となる。現在は大女将。



渡辺淳一 (わたなべ じゅんいち)
北海道生まれ。医学博士。1958年札幌医科大学卒業後、整形外科講師となり、医療のかたわら小説を執筆。1970年『光と影』で直木賞を受賞。1980年に吉川英治文学賞、2003年には菊池寛賞などを受賞。北海道・札幌に渡辺淳一文学館がある。作品には「阿寒に果つ」「無影燈」「白夜」「ひとひらの雪」「失楽園」など多数。現在文壇の第一線で活躍している。

オフィシャルブログ | 渡辺淳一文学館

渡辺 僕も昔、目黒の八雲にいました。それで、あなたはこの家に望まれて、湯河原に来たと。
齋藤 さあどうだったでしょうか。学生でしたから。(笑)
渡辺 学生で?
齋藤 はい。
渡辺 ここに拉致監禁されて、そのまま(笑)。じゃあご主人は今もお元気なんですか。
齋藤 ええ。
渡辺 しかし、いきなりこんな大きい旅館をやらされて大変だったでしょ。

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Photographs by Naoki Wada




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