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一期一会

金田中金田中

一 三 四

一. 5年間の無言の後で


岡副実は20年ぐらい前に先生と初めてお目にかかったんです。 百会楽話 渡辺淳一 × 金田中の若女将
渡辺君がここに来たのは?
岡副20年近くになります。
渡辺 来てすぐね、僕が目をつけたの。
岡副それはないと思うんですけれど、あの頃はお仲間内でいらしてくださって。最近は吉川英治文学賞などの選考会でいらっしゃってくださいますね。
渡辺そうだけど、僕のことはどうでもいいの。今日は君のことを聞くのが仕事だから。まず、どういうご縁で金田中に嫁いできたの。
岡副縁っていっても、全然面白くないんです。主人とはただ学校の同級生だった、それで、だまされて一緒になっちゃったんです。
渡辺 どこの学校?
岡副 慶應大学なんですけど。高校の時から知っていて、料理屋をやっているっていうことは、分からなかったんですよ。学生には料亭というのがよく分からないじゃないですか。で、吉兆さんぐらい有名だと分かるんですけど、あの頃、金田中って知る人しか知らなかった。ホテルにも出していないし、ピンと来なくて。でも周りの人はお嫁に行って大丈夫かどうか心配してくれました。どんなものかわからないので、本人に聞いてみたんです。「変わった家なの?」って。そうしたら「普通の家だ」って。で、普通なら大丈夫だと思ってしまいました。後で、「よその家は知らなかったから、けして嘘をついたわけではない」といっていましたけど。
渡辺 それ、何歳の時? 百会楽話 渡辺淳一 × 金田中の若女将
岡副 26歳ですね。
渡辺で、来てみたらびっくりした。
岡副 やっぱりびっくりしましたね。
渡辺 あなたは普通の家庭に育ったの?
岡副 何が普通かはむずかしいですが……。
  父は当時キッコーマンの社長をしていましたが、会社の勤め人という感じでした。金田中は、まずお客様がすごい方ばかりじゃないですか。私が26で、その頃いらっしゃる方って、60歳とか70歳のお年の方々。各有名な会社の社長さんや、大先生なので何を話していいか分からないんです。また、芸者さんっていうのがまったく分からない世界で。ほとんど5年ぐらい無口に過ごしていました。
渡辺 その頃は、此処のお母さんが座敷は取り仕切っていたんでしょ。
岡副 そうです。
渡辺 で、君は「新しい女将です」ってあいさつして回って、だんだん馴染んできて。
岡副 でもやっぱり、仕事が面白くなってきたのは、新しいお店を出してからです。結婚して5年ぐらい経ってから、金田中庵を出しまして、そこで自己主張も少しづつ。
渡辺 大物のお母さんがいるしね。
岡副 小さくなっていたんですけど。新しい店を始めたことによって、自分でやっただけは返ってくる感じが少しつかめてきました。その後、何軒かお店を主人と一緒に出していきました。私はここ7、8年は金田中にしかいません。大変ですが、とてもやりがいがある仕事だなって思うのは、今頃になってからですね。
渡辺 お母さんは今ちょっと足が悪いし、今はあなたが若女将として表の顔で。

岡副 でもお母さん、采配はふるっていますね。見なくても様子が分かるんですよ。 百会楽話 渡辺淳一 × 金田中の若女将
渡辺 お母さんは奈良の月日亭のお嬢さんだよね。だからお母さんは、料亭というものをある程度分かって来たのだろうけれど、あなたはキッコーマンの社長の娘で普通のお嬢さんだったから、馴染むまで大変だったろうね。
岡副 こういうところって、マニュアルもないし、教えてくれることもないんですね。見て習いなさいという感じなので。
渡辺 女将さんの1日ってどんなものなの? 朝何時ぐらいに起きるの?
岡副 そうですね。曜日によって違いますが、週始めは帳場に入っていようかなと思っているので、11時ぐらいには店に行きます。
渡辺 住んでいる家は、ここではないんだ。
岡副 違います。
渡辺 で、金田中に入ると。
岡副 予約の確認だとか、芸者さんをどういうふうに付けるとか、そのお座敷をどう作っていくとかっていうのを確認したり、手配したり、打ち合わせをしたりしています。あとは冠婚葬祭に出席したりですね。お別れ会やお葬式は結構多いですし、お客様のお付き合いのパーティもありますね。
渡辺 ここで冠婚葬祭をやるの?
岡副 ここじゃなくて、よそでお別れ会がありますでしょ。
渡辺 そこに出掛けなきゃいけない? 百会楽話 渡辺淳一 × 金田中の若女将
岡副 そういうのは昼間が多いですね。パーティは昔ほどの数じゃないですけど。結構出かけることも多いです。
渡辺 そして夕方になって。
岡副 そういうことをして、美容院に行って、4時か5時ぐらいには金田中に帰ります。
渡辺 美容院はほとんど毎日?
岡副 そうですね。
渡辺 お客様をお迎えすると、各部屋にご挨拶に行かなければいけないでしょう。
岡副 毎日、同じようなことをしているんですけど、お客様が違うので、一期一会ですよね。やっぱり1日終わるとホッとします。
渡辺 で、終わるのは何時頃なの?
岡副 終わるのは11時ぐらいですかね。家に帰るのも早いですね。
渡辺 ここのバーは、外からは入れないんでしょ。 百会楽話 渡辺淳一 × 金田中の若女将
岡副 今は入れないんです。その要望はありますが……。でも、やった方がいいっていう方と、やらない方がいいっていう方の両方がいらっしゃいますので。
渡辺 あのバーだけに来るお客さんはいるの?
岡副 時々いらっしゃいますけど。やっぱりお座敷にいらしたことがある方ですけど、飲みにだけいらっしゃる方もいます。
渡辺 それ、まだしたことがない。
岡副 はい。先生もどうぞ。東京だと料亭で遊ぶっていう感じがないですものね。
 百会楽話 渡辺淳一 × 金田中の若女将


岡副徳子(おかぞえのりこ)
新橋に大正時代に創業した「金田中」の若女将。「金田中」のほかに「金田中 庵」「数奇屋 金田中」「金田中 草」などの店舗を持つ



渡辺淳一 (わたなべじゅんいち)
北海道生まれ。医学博士。1958年札幌医科大学卒業後、整形外科講師となり、医療のかたわら小説を執筆。1970年『光と影』で直木賞を受賞。1980年に吉川英治文学賞、2003年には菊池寛賞などを受賞。現在文壇の第一線で活躍している。

オフィシャルブログ | 渡辺淳一文学館

渡辺 確かに、でも、外から入れるバーはあるよ。
岡副 京都はたくさんありますね。先生、いらっしゃいますか?
渡辺 うん。軽く料理も食べられるしね。話は戻るけど、4、5年はお母さんについて一応修業を終えて、やがて外のお店の経営もやって。最近は本店だけにいるんだね。
岡副 そうですね。新橋っていう花柳界自体も残していきたい。金田中があるのは、新橋の花柳界があるからだと思っています。やっぱりそういう伝統的なものを残していきたいですね。
渡辺 吉兆は有名だけど、金田中も名門だよ。
岡副 ありがとうございます。
渡辺 演舞場とか明治座とかも、いろいろ関わっているんでしょ。
岡副 演舞場はもともと新橋の芸者さんの芸の発表の場としてスタートした劇場なので、みんながそれぞれ株を持っていて、その新橋の組合の中から、今まで社長が出ていたんです。だから非常に関わっていますし、今現在は義理の父が社長をやっています。
渡辺 明治座は?
岡副 明治座は、濱田屋さんがなさっています。


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Photographs by Naoki Wada



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