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一期一会

あさば一期一会

一期一会
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神楽殿は守り神



一期一会
渡辺 時々、それぞれに象徴的なできごとがあったでしょう。好景気が続いたわ、バブルはあった。でも不況がきたわ、と。
浅羽その時々に、悲しいことがいっぱいありましたよ。旅行エージェントは、要するに鉄筋で何階もあって、大広間があって、そういうところには、お客さんを入れやすいわけですよ。バスでどんどんピストン輸送できるでしょ。うちみたいに、こんな部屋があったり、あんな部屋があったり、継ぎ足し継ぎ足しだから、お客さんをたくさん入れたいけれども、入れにくいわけですよ。例えば50人とか100人のまとまったお客さんが入れない。だから、採算として合わない、と。
渡辺でも、そんな団体が、ここへ入ったらイメージが崩れる。
浅羽要するにうちは、この人はあんな部屋に入れて、あの人はこんな部屋にって、入れにくいわけです。営業で旅行エージェントを回ると、「『あさば』はやりにくいわ」「売りにくいわ」ってよく言われてね。
渡辺 そういう客、始めから相手にする気はなかったんでしょ。

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浅羽若い時は、お客さんがほしいから、何とかお願いしますって、いっていましたね。で、そんな時に、何かいつも、この能の舞台が守ってくれました。やっぱり能舞台があるから、ここにいられたみたい。
渡辺能舞台で癒された?
浅羽そうなんです。何かこういうことを継続していくっていう重しがいつもある。能は私、何も知らなかったんです。ただ秋田ってね、近所に神社があって、神楽殿があったので、そういう神楽は知っていましたけど。昔は浴衣ざらいといって、夏になると、お能をやっているお客様が浴衣を着ておさらいをやる。そういう人たちばっかりだったんですね。時々、面をつけたり、お笛が入ったり、鼓が入ったりすることもありましたけど。おおよそ20人ほどで、きちんと装束を着けて一番の能を演じるお舞台は、全然知らなかったんです。で、それをやり出してから、面白くなって、どんどん次から次へと興味が出て。

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渡辺 能舞台の存在で、「あさば」は高級旅館、というイメージが基本的にあるよ。
浅羽 お能をやり始めてから、琉球の舞いとか、文楽もやったし。知らぬが花でどんどんエスカレートしていって、あれもこれもやりたくなっちゃった。
沖縄に行ったり、あっちへ行ったり、こっちに行ったり、フラメンコもやりました。そのたびにお客様の層がどんどん変わっていくんです。お能が好きなお客様と、文楽のお客様と、それから琉球の舞いのお客様がいらっしゃるでしょ。
渡辺 文楽もやったの?
浅羽 はい、吉田蓑之助さん。佐藤多圭子さんの琉球の舞い、私好きで4回催しました。それからね、シェークスピアの『リア王』も3年間で9回やりました。ある時『リア王』を見て、絶対にこの人の『リア王』をやってみたいと思って。鈴木忠志さんという演出家の方にお願いしますといったら、何もそんな「あさば」でって。私、口説きに、利賀村に行きましたよ。とうとうやることになって、やったら面白いじゃないですか。それでね、9回やって。ほかにも、勅使河原宏さんが竹をアーチに組んで、花を活けてくださって、一柳彗慧さん作曲で、観世栄夫さんが石の舞台で「花と音と舞い」をやったんです。お囃子と篠ア史子さんのハープ、みやたまゆみさんの笙で。お客さんと一体感があって、よかったですね。ものすごくたくさんの人がきてくださいました。泊まられる方と鑑賞だけの方。だいたい250人から300人、入るわけです。でもそんなに入っても、うちは劇場じゃないから、何が困るかって、お手洗いとか休憩室がないわけね。たくさん入ると、何か荒れていくでしょう。だから何でも、ほどほどにですね。

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渡辺その辺のわきまえは、なかなか立派なものだね。すぐ調子に乗って、図に乗る人が多いけどね。
浅羽回数を減らしたのは、県とか、第三セクターとかで、能舞台を作ったり、各地で日本の古典芸能をやり始めているでしょ。私の役目は終わったんですし、365日のうちのどんなにやっても40日ぐらいが精いっぱいなんですよ。そうすると、その40日ほどのイベントのために、あさば旅館に泊まる三百二十何日のお客様に、ご迷惑をおかけします。本当は宿屋で成り立っているのに、影響するので、やっぱり縮小しました。だから、最近は大きいのはやりません。しかし、何か奉納という意味も大事にして、能、狂言を基本として古典芸能をやっています。
渡辺 それは大事だね。
浅羽 姑たちから「やめなさい、そんなのは」っていわれました。でも、これでお能をやめたら、今まで能舞台の「あさば」といわれてきたのに、駄目になったと思われるでしょ。だからやめることはできないの。今までお能だけで年間8回ぐらいやって、その他に文楽とか、新内とかいろいろなものをやっていたけど、だんだん減らしています。

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渡辺 そうか。たがを緩めたり締めたりね。そういうのは理屈よりも感性だろうね。
浅羽 舞台の時、お客様が見ているのを後ろで見ているじゃないですか。そうしたら、石の舞台を作った流政之さんにいわれたんです。「女将、何でおまえさん、後ろで見ているの?」って。だってお客様が寒いかしら、暑いかしら、大丈夫かしらと思って、「お客は横から見ていなきゃ駄目だよ。舞台の袖っていうのはそういうものだよ」って。「なぜって? お客が反っくり返るような役者は呼んじゃだめだよ。前へ、前へと行くような役者を呼ばなかったらだめなんだ」っていうのね。
渡辺 出演者と客の様子を観察するわけだね。
浅羽 それに襟元にマイクを付けるでしょ。「それ何だ」「先生、声が聞こえないの」「おまえさんね、聞こえないようだったら、ここに出る資格はない。客はここに金を払ってくるんだよ。それなのに聞こえないんだったら、おまえさん、資格ないよ」って。
渡辺 いろいろ面白い人もいたでしょう。
浅羽 亡くなった8世の観世銕之丞さん、昔は2日間1泊でやっていたのね。終わると翌日のためにみんな、ものすごく飲むんですよ。終わった、終わったって、飲むは吸うわ、飲むは吸うわ、すごいんですね。「先生、そんなに飲んだり吸ったりして、大丈夫ですか」っていったらね、「おやじにいわれたよ。能楽師が飲んで、たばこを吸って声が出ないならやめちまえ。それよりも、今日は西、今日は東と、あちこち歩いていることのほうが、どれだけ芸に影響するかって。だからいいんだよ、女将。吸ったって、飲んだって」ってそんな面白い話がいっぱいあるのね。

浅羽愛子 (あさば あいこ)
1675年創業、350年の歴史ある旅館「あさば」の女将。「あさば」は修善寺門前に600坪の庭園と能舞台がある旅館である。



渡辺淳一 (わたなべじゅんいち)
北海道生まれ。医学博士。1958年札幌医科大学卒業後、整形外科講師となり、医療のかたわら小説を執筆。1970年『光と影』で直木賞を受賞。1980年に吉川英治文学賞、2003年には菊池寛賞などを受賞。現在文壇の第一線で活躍している。

オフィシャルブログ | 渡辺淳一文学館






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   Photographs by Toshio Yasui




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