| 渡辺 | そもそも、こんな老舗にお嫁さんにきたわけは? |
| 浅羽 | 先生、望まれたんですよ。 |
| 渡辺 | そうだと思うよ。よほど可愛かったんだろうな。 |
| 浅羽 | そうじゃないの。うちの亭主が言いましたよ。「君みたいな雑草のように強い女の人が望みなんだ」って。主人ね、南部忠平さんのお嬢さんで、走り幅跳びか何かの選手の方と……。 |
| 渡辺 | 南部さんね。昔、三段跳びのオリンピック選手だった。その人のお嬢さんと結婚する予定だったの? |
| 浅羽 | そうなんです。「あさば」の父も陸上をやっていたんですね。それが、君の雑草のようなのがいいって。(笑) |
| 渡辺 | しかし女将さんは、そう言ってはおかしいかもしれないけど、顔が可愛いいよ。美人っていう顔ではないけれど、愛嬌のある顔で。 |
| 浅羽 | 昔は、もっと愛嬌よかったんですけど。(笑) |
| 渡辺 | そういう顔はね、長持ちするんだ。どこかとぼけた可愛い感じで。目鼻立ちのくっきりしたギリシア美人みたいなのは、後半あっという間に老けるから。 |
| 浅羽 | やっぱり秋田でしょ、私。 |
| 渡辺 | 秋田美人だよ。 |
| 浅羽 | でもね、うちのお嫁さんもね、私によく似ていて、「お嬢さんですか?」なんて言われます。やっぱり、そんな感じかしら。 |
| 渡辺 | 男に安らぎを与える顔だよ。 |
| 浅羽 | じゃあ、まあいいのかしら。いいことにしておこう。 |
| 渡辺 | 秋田から、どうしてこっちにきたの? |
| 浅羽 | 私ドレメに通っていたんです。それで、うちの亭主は慶應でしょ。 |
| 渡辺 | じゃあ、目黒にいたんだ。 |
| 浅羽 | 私は目黒。亭主は三田。それでグループで遊んだりして。 |
| 渡辺 | 今でいう、合コンだね。 |
| 浅羽 | 本当に合コンですね。慶應ボーイとダンスホールでダンスしてたの。 |
| 渡辺 | ダンスパーティ、真っ盛りの頃だね。 |
| 浅羽 | 券もいっぱい出回っていて、私たちはそういうのに、いつも行っていた時代で。 |
| 渡辺 | あの頃、女子大学があまりなかった。ドレメは、最先端のおしゃれな女性がいっぱいいたから。 |
| 浅羽 | そんな時代だったんですよ。それで、もう遊んで遊んで。後に六本木族なんて呼ばれた。 |
| 渡辺 | それでよく、修善寺に引っ込んで落ち着いていられたね。 |
| 浅羽 | 秋田の人間だから、よかったんです。うちのお嫁さんも田舎の子で、東京でちょっと暮らした子がいいと思っていたら、岐阜の大垣の出身で。 |
| 渡辺 | 大垣あたりも古いよね。 |
| 浅羽 | ですから餅をついて送ってきたり、今ごろだと山菜を送ってきたり。大垣の奥ですから。 |
| 渡辺 | 以前、話したことがあるけど、誕生日が僕と1ヵ月か、2ヵ月の差だったよね。 |
| 浅羽 | 昭和9年だから、私は。先生8年? |
| 渡辺 | 8年の末だから、女将さんの兄さんだよね。 |
| 浅羽 | でも何ヵ月ですよね。私は2月だから。 |
| 渡辺 | お嫁に来た頃の話を、少しききたいな。 |
| 浅羽 | 最初の頃の苦労話をすると、風邪をひいて寝ちゃうじゃないですか。すると7代目のお姑が、上草履でパタパタ音をたててきてね。「ごきげんよう」って声きくと、もうドキっとしてね。「すみません」っていって、布団の上に正座して。「あなたはね、いくじがない。寝るから寝込むんです。少々のことでは起きていなきゃ」って小言をいわれましたよ。寝るから寝込む。寝ると寝込むは違うって。 |
| 渡辺 | 昔の姑は、そういうタイプが多かった。 |
| 浅羽 | もうすごい家だなと思いましたね。でも、子どもが生まれて、本当にお乳をやらなきゃならないし、やっぱり寝てもいられないでしょ。我慢して起きていると、寝込まないんですね。なるほど寝ると寝込むは違う、と。廊下の歩き方、お客さんの接し方など、いろいろ厳しく育てられましたね。 |
| 渡辺 | ところで、「あさば」は意外に部屋数が少ないのでびっくりした覚えがあるけど。 |
| 浅羽 | うちは18部屋でやっています。間口を広げちゃいけない、増築しちゃいけないって言われ続けてきましたから。そうして修善寺の門前町であることを忘れないで、自覚していれば、代々食べていける。それが家訓です。 で、別にいつも思っているわけじゃないんですけど、うちの息子が、「お金持ちじゃなくて、よかったね」って。「もし、うちにたくさんお金があったら、今ごろ鉄筋に建て替えて、すごいホテルを作っちゃって、どうにもならなかったかもしれない」って。いい方がおかしいけどね。「だから、僕があちこちいじったり、直したり、自分なりに、こうしたらいいということができるんで、もしお金があっていろいろなことをしていたら、もう手も足も出なかったよ」って。ああそういうことかって、代々いい伝えられてきたことは、やっぱり真理なんだなと思いました。 |
| 渡辺 | バブルの全盛期に一番損したのは、お金を持っていた人だから。 |
| 浅羽 | そうなんですね。本当にそう思います。 |
| 渡辺 | お金がなくて損をしなかった。結果として一番得したんだ。 |
| 浅羽 | そういわれて、なるほどそういうものかな、と思いましたね。だから、今も18部屋のままでやっています。 |
| 渡辺 | 女将さんが引き継いで、これだけはきちんとやりたい、原則としてこれだけは守ってきたというのは何ですか。 |
| 浅羽 | 間口を広げないっていうことと、お寺があって、温泉があって成り立つことだけは忘れない。もうそれだけですね。 |






