| 渡辺 | 「あさば」と言えば、やはり能舞台は有名だけど、少し話してくれませんか。 |
| 浅羽 | 今日、先生と楽しい話をしたいと思いまして、それなら能舞台だと、私も思っていました。この舞台は、移築して来年で100年になります。そして、私がお嫁に来て50年になるんです。 |
| 渡辺 | じゃあ移築した時は見ていないんだ。 |
| 浅羽 | そうなんですよ。7代目が25年、8代目が25年、9代目の私が50年、お守りをさせていただきました。なんと、もったいない。私って、欲張りなのね。(笑) |
| 渡辺 | 女将さんは、ここの家の娘じゃないんだ、お嫁さんなんだね。 |
| 浅羽 | それがね、前に大磯で和久傳さんと蓬莱さんと3人でお話したとき、3人とも家つきじゃなくて、嫁に来てみんな苦労した。でも、みんな家つきだと思われているの。おかしいですよ。(笑) |
| 渡辺 | 家つきだと思うぐらい、馴染んじゃってる。(笑) |
| 浅羽 | 馴染んじゃって。うちの亭主が「しかし女ってすごいね」って言うの。「何で?」って言ったら、「だってさ、自分が生まれた家じゃないのに、気が付いたら自分の家みたいな顔をして住んでいるんだもんな」って。 |
| 渡辺 | それはそうだよ。家にいついた女って書いて、嫁って言うんだから。 |
| 浅羽 | そうですよね。お嫁にきて、ずっと子どもが生まれなかったんです。3年経った時に7代目の姑が、「ちょっときなさい」って。部屋に入って行ったら、「兆候があるかね」って言うから、「何でしょう」と聞くと、「子どもよ」って言うのね。「いいえ」と答えると、「稼して5年、子なき去る。来年になったら、こちらも考えますから」って申し渡されました。で、おまじないをしたりして、やっとできたの。 |
| 渡辺 | 今、考えると、ずいぶん古風というか勝手で。 |
| 浅羽 | それで東京でお産をして、息子を連れて東海道線で帰ってきたら、門のところで四十何年いた番頭が、真新しい仕立て下ろしのはっぴを着て、打ち水して、「御隠居さんが、こちらから入りなさい」とおしゃってます、と言われて。私、子どもを抱きながら恐る恐る端の方を歩いて入っていったの。 |
| 渡辺 | 子どもを産んだので、「でかした」というわけだね。 |
| 浅羽 | そうなんです。7代目と8代目の姑が、黒の紋付の羽織を着て、板の間にひざまずいて、「ご苦労であった」って。私にじゃないんですよ、息子に。「どう?」とか言うから、私が息子を渡すでしょう。そして茶の間に行ったら布団が引いてあって、そこに息子を寝かせて、「あのね、私はこれで今日3回目の顔をあたりました」って言うのね、7代目が。最初は生まれた時、次は嫁に来る時、次は今日、3回顔をあたりました、って。 |
| 渡辺 | あたるっていうのは、剃ったっていう意味? |
| 浅羽 | 襟を正して、奇麗にしましたという意味かしら。そういうことから始まって、やっと私も嫁として認められたんだなと思ったけど、この子を置いたら、とにかく暇をもらって帰ろうと入院中にずっと思っていたんです。でも、そうなると出るに出られないし、離縁もしてもらえなくなって。 |
| 渡辺 | そのころは、柳沢厚労大臣が言ったように、女は産む機械としか考えていなかったんだね。 |
| 浅羽 | そうですね。でも、おかげさまで、ここまできました。 |
| 渡辺 | 今やあなたが総支配人で、「あさば」の女将。こういう高級旅館は、女将さんの存在が一番。あなたの息子さんがどうこう言ったって、あなたに勝てない。息子さん、お一人だった? |
| 浅羽 | 息子一人に娘一人。 |
| 渡辺 | お嬢さん、どこに行っているの? |
| 浅羽 | 結婚して、ここにいます。婿は、ホテルのフロントで働いています。娘はJTBに勤めていて、彼と偶然知り合って、結婚したいって言い出したんですけど、初めは私が反対していたんです。でも、あまり反対してもと思って結婚させました。 |
| 渡辺 | もう修善寺に住んでいるの? |
| 浅羽 | 修善寺にくるなら許す、娘が行くなら許さないと。そうしたら向こうがくるというの。しょうがない、じゃあ、まあ許しますって。 |
| 渡辺 | 長男のお嫁さんもいるんでしょう。 |
| 浅羽 | そうです。 |
| 渡辺 | 何年前に結婚したの? |
| 浅羽 | 3年前。やっと、男の子が生まれました。嫁はホテルオークラに勤めていたんです。 |
| 渡辺 | オークラのどこに? |
| 浅羽 | あそこの「山里」で働いていて、副社長さんが、「女将、こういう娘がいるから見て」と紹介してくださって。 |
| 渡辺 | ご主人は何年前に亡くなったの? |
| 浅羽 | もう13年になります。 |
| 渡辺 | その後、ずーっと一人で頑張ってきたんだね。 |
| 浅羽 | そう私は、姑二人でしょ。舅でしょ。で、主人でしょ。主人の弟に五人送ったの。ここにきて何だか知らないけどね、法事だのお葬式だのばかりやってたわ。だから、何だか整理しにきたみたい。もうあと何もしなくても大丈夫、「あなたたち、送るのは私だけじゃない」って言ったのね。そうしたら息子が「整理したって言うけど、自分の亭主も整理しちゃったね」って。 |







