中道
はい、献立は私が書きます。絵はあまり見ないで下さいね。それ、イカのつもりですが、イカに見えますか?今の季節はイカで始めて、2日目はカブです、3日目は茄子とか。絵が下手なので、そんなにレパートリーが無くて、お客様が4泊、5泊の滞在になるとネタ切れして困ったりもします(笑)。
中道
食前酒は手取川大吟醸です。先付けは、鮑と海老に琥珀ゼリーをのせたものと、新牛蒡とかドンコとか季節の野菜の白和えです。
渡辺
毎日、自分で食べて献立を確認しているんですか?
中道
毎日ではありませんが、献立を変える時は必ず。自分自身、食べることが好きなので、宿にとってお料理は大事だと思いますから。
中道
先代は17年前に亡くなりました。宿を始めたのは主人の祖父母で、もともとは農家でしたが、どうしても旅館をしたくて、田んぼを売って、最初はうどん屋から始めたようです。昭和三年に温泉街に木賃宿を開業、そして、その木賃宿を大繁盛させたとか。で、祖父母が今のこの庭が大好きで、温泉街から少し高台の今の場所に移って来たそうです。先代の頃は、ちょうど、大阪万博の頃で団体旅行の時代でしたから、五十五室ほどの団体客向け中規模旅館をこの地にオープンしました。
中道
はい、主人と私で。その岩牡蠣は、能登で獲れた大きな天然岩牡蠣です。加賀の橋立の毛蟹かどちらかお選びください。両方でもいいです。
渡辺
では毛蟹を。旅館をこの形態に完成させたのはいつですか?
中道
嫁いで22年ですが、ずいぶん時間をかけて、少しずつこの形態に変えて来ました。結婚前は小学校の教員をしていました。主人の母も旅館には出ていなかったと聞いていたので、私もそのまま教員を続けるつもりで小学校の下見なんかしてました。でも、結婚して三カ月ほどたった頃、旅館の経営が危ういから立て直しを手伝ってほしいと言われ教員を退職することに。正に人生の分かれ目でしたね。でも、乗りかかった船ですから。とはいっても最初の7~8年は資金繰りに苦労して、本当につらかったです。
渡辺
それが全国的に安定して知られるようになったのはいつ頃ですか?
中道
10年くらいたってから徐々にです。最初、93年に大浴場の露天風呂を作った時は、少ない予算で一番お客様にアピールできるのは何かと考えたんです。で、檜の清々しい感じの露天風呂を作り、「こもれびの湯」と名付けました。当時は、まだ露天風呂は少なかったし、ああいうさわやかな感じのものは無かったので、ある旅行社のパンフレットの表紙になって。
渡辺
こういう和の空間を生かした旅館の成功は、アイディアにあったわけでしょ。
中道
93年の露天風呂に続いて、96年には、エントランス、ロビー、そして露天風呂付の和室4室を作りました。客室にしたところにはそれまでクラブがあったんです。「クラブレインボー」っていう(笑)、カラオケとかするところ、ホールって呼んでましたけど。翌年には、本館の24室をクローズして、それまでの中規模団体旅館にサヨナラ。44室あった客室を20室にして、小規模の個人客に特化した宿の基礎ができたんです。
中道
さらに翌98年に客室数6室の別棟を新築しました。この新築のために取り壊した離れの4室は、昔からあった客室の中では最も料金が高かった客室。宿の中でも特に山庭の眺めが良い客室でした。普通ならグレードの低い客室から改装していくべきなんでしょうが、かなり劇的に変貌しないとお客様に目を向けてもらえないと考えたので。離れの部屋を取り壊すのは勿体なかったけれど、新築するのであれば、中途半端ではなく最高のものを作ろうと。この作戦がうまくいって、メディアにも注目していただけて、客層が変わって行きました。それで、2001年、和洋室6室をリニューアルオープン。和室とベッドルームのあるスイートです。この時点で、客室数は更に減って16室に。同時に図書室も作りました。そして、2006年、特別室若紫とお寺のような瞑想空間「方林円庭」、スパ「円庭施術院」が完成して現在の形になりました。客室は、全室露天風呂付で、好きな時に温泉が楽しめます。若紫は桜の花びらが舞い込んでくる特別な部屋なんですが、今日はあいにく埋まっています。
中道
結局、20年くらいで、五回のリニューアルを行いました。それで、もとは客室55室、4つの宴会場、クラブ、カラオケ、うどんコーナーなどがあった典型的な中規模団体旅館が、今は、客室17室、宴会場もクラブもカラオケも会食場すらない、完全な個人客向けの宿に180度転換して生まれ変わったわけです。資金が無いので、徐々にやりましたから年月がかかりましたけど。
渡辺
金がない人ってこういう贅沢な作り方はしないけどね。
中道
本当にびっくりするぐらいお金がなかったんです。だから、一回目のリニューアルに取りかかるまでに、7~8年かかりました。
渡辺
部屋の空間から、デザイン、インテリアまでいろいろなものに手をかけて、このままやると、ますます経営が悪くなると思わなかった?
中道
全然思わなかったんです。絶対良くなると思ってましたし、実際、リニューアルをするたびに評価が上がっていきましたから。
渡辺
多分、1人4~5万円はするだろうけど、この設備とサービスならば当然だと思う。やっぱり。時代と合ったのかな。
中道
時代に合った形を少し先取りできたんですね。早い時期に個人のお客様に特化できましたから。全室に露天風呂を付けたのも無何有が一番初めだったと思います。というか、その頃は客室露天風呂というもの自体がほとんどありませんでしたから。
渡辺
これまで、『一期一会』の連載でいろいろな旅館を見てきたけど、和風のユニークなものが広まりだしたのは、時代の傾向かな。
中道
そうですね。今の時代は日常が刺激的ですから、逆に非日常に求めるのは、自然とか和の感性とか、ほっと安心できる懐かしい感じじゃないですか?
渡辺
和風の独特の豊かな空間を持った部屋に、一部の人々の嗜好が変わる時期だったのかな。
渡辺
バブルは終わっているけど、まだまだ景気はよかった。本来なら部屋になる広大な空間をしゃれたリラクゼーションの場にして、なかなかリラックスできる。
渡辺
女将さんのアイディアをそのまま受け入れて、いいとはなかなかいえないよ。
中道
いやいや、竹山さんは、私のアイディアのはるか先までお見通しですから。
渡辺
この一帯は温泉旅館がたくさんあるけれど、「べにや無何有」タイプはないね。
渡辺
やっぱり特殊性がいろいろな場面でマスコミに紹介された。特徴がはっきりしていると女性誌や一般誌も取りあげやすいから。
中道
うちは営業マンとかいないので、メディアに取りあげていただけると嬉しいです。いろいろ新しいことを考えていますので、また紹介していただきたいですね。
渡辺
女将っていうのは、よほど古風な、どちらかというと暗い感じの人かと思ってたら、あなたみたいな明るくてピチピチした人で(笑)。
中道
もともとは、女将になるとは思っていませんでしたから。だから、女将さんらしくないかも。