




勝俣伸(かつまた しん)
1953年、神奈川県箱根生まれ。立教大学社会学部観光学科を卒業し、1976年、富士屋ホテル株式会社に入社。湯本富士屋ホテル支配人・富士屋ホテル支配人・総支配人を経て、2004年6月に富士屋ホテル椛纒\取締役社長に就任し、現在に至る。
1953年、神奈川県箱根生まれ。立教大学社会学部観光学科を卒業し、1976年、富士屋ホテル株式会社に入社。湯本富士屋ホテル支配人・富士屋ホテル支配人・総支配人を経て、2004年6月に富士屋ホテル椛纒\取締役社長に就任し、現在に至る。
| 渡辺 | 勝俣さんが、「富士屋ホテル」の好きなところはどこですか? |
| 勝俣 | 空気ですかね。いいですね。大学を卒業して、箱根に戻る時にどうしようかなと思ったんですけど、「富士屋ホテル」を選択してよかったと思います。というのは、働きながらにして、この箱根でホテルマンでなければお会いできないような方に会えます。今日、渡辺先生にお目にかかれたのもそうですが、そういうチャンスには恵まれました。我々ホテルマンは、お客様の仕草とか、ご様子を拝見しながら、自分を高めていく、そういうものが大事だと思います。 ですから、ウェイターをやっていた時に、ちょうどジョン・レノンさんが、オノ・ヨーコさんと『イマジン』を作るために滞在なさっていたのですが、直接サービスをいたしました。信じられないことでしたね。まだ息子さんのショーンがこんなに小さい時でしたが。 |
| 渡辺 | どの部屋に泊まったのですか。 |
| 勝俣 | 今日、先生がお泊りの花御殿の「桜の間」と、「菊の間」にも宿泊なさっています。 都内のホテルとは違うんですね。都内だとやはり格式があり、洗練されたサービスが必要ですが、リゾートですといらっしゃる方がリラックスをしにきていますから、こっちが堅くなっても駄目なんです。そういったあうんの呼吸が非常に面白いです。 |
| 渡辺 | やっぱり混むのは週末の土日とかゴールデンウィーク、夏休みですか? |
| 勝俣 | そうですね。 |
| 渡辺 | 平日でも、高齢者は結構くるんじゃないですか。 |
| 勝俣 | はい。平日にいらっしゃいます。近年は11月が一番忙しくなります。 |
| 渡辺 | 紅葉ですか? |
| 勝俣 | そうです。8月よりも11月のほうが忙しいです。ところで、渡辺先生は、ゴルフはされないんですか。 |
| 渡辺 | するんだけど、最近下手になって(笑)。飛距離が落ちちゃって。 |
| 勝俣 | ぜひ今度ご一緒にラウンドしましょう。 |
| 渡辺 | コースは、この上に。 |
| 勝俣 | 仙石原の乙女道路沿いにございます。これから芝の緑が奇麗でございます。 |
| 渡辺 | 「山のホテル」も古いんじゃないですか。 |
| 勝俣 | 古いですね。敷地は、昔の三菱の岩崎さんのご別邸です。 |
| 渡辺 | なにか箱根は、避暑地という感じはあまりしませんね。 |
| 勝俣 | そうですね。 |
| 渡辺 | それよりも温泉っていう感じのほうが強い。一口に箱根といっても、高さでずいぶん違うでしょう。 |
| 勝俣 | ものすごく違います。 |
| 渡辺 | ところで、このお皿は? |
| 勝俣 | これは大倉陶園で、富士屋の明治初期のオリジナルデザインです。こういう洋食器の文化って、全部船からきているんですね。ですから、横浜の商船三井の博物館に行きますと、こういう食器の原形が展示されています。これは燕三条で作られたものです。 |
| 渡辺 | 新潟の手前のね。このホテルは、こういう独特の和風の雰囲気を生かし、それを守っていくところがチャーミングで。新しい企画などあるんですか。 |
| 勝俣 | 富士屋ブランドを使って、いろんなお話がございますが……。これからの日本を考えると、少子高齢化で、人口を含めてあらゆるシステムがダウンサイジングしていくわけです。今、私が経営を任されている中で、宮ノ下の「富士屋ホテル」をどう維持・保存していくか、大きな使命でございます。ここの基盤を確立して、それからさらなるステップをと思っています。基盤の確立だけで、ホテルが新しくできるぐらいの莫大な投資が必要ですから。明治っていう時代は先生、すごい時代だったんですね。開国をするっていうので。 |
| 渡辺 | エネルギッシュで、過去のあらゆるものをまずぶち壊したからね。そうしないと新しいものが生まれなかったから。このホテルも古さを守りながら、新しいものにもチャレンジして欲しいですね。 |








