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一期一会

富士屋ホテル

百会楽話 [対談14]富士屋ホテル
一期一会
富士屋ホテル
一期一会

一. 明治・大正・昭和 三つの様式

百会楽話 富士屋ホテル 階段

百会楽話 富士屋ホテル 廊下

百会楽話 富士屋ホテル お部屋の一例
渡辺 さすがに、由緒あるいい建物ですね。
勝俣 ありがとうございます。これを何とかそのままの形で維持していかなければいけないと思っております。内装は若干変えていますけれど、ロビー、その前の階段、本館の部屋は当初からの建物です。明治11年(1878年)に箱根・宮ノ下に建てられました。
渡辺 130年前ですか。
勝俣 今年の7月15日で130年です。
渡辺 勝俣さんは、こちらにいつからいらっしゃるんですか。
勝俣 昭和51年入社でございます。
渡辺 これ、国際興業グループなんですね。
勝俣 さようでございます。昭和41年から国際興業且P下になりました。それまでの80数年間は、山口家代々の同族経営でありました。ですから「富士屋ホテル」の歴史の3分の1は国際興業潟Oループということです。
渡辺 しかし、ずいぶん、いろいろな方が訪ねてますね。皇族の方々もほとんどお見えで。今夜、僕が宿泊する部屋はヘレン・ケラーが泊まったと書いてあったけど。花御殿の「桜」の部屋。
勝俣 そうですね。アイゼンハワーさんもジョン・レノンさんもお泊まりになりました。
渡辺 そしてマッカーサーも。
勝俣 はい。
渡辺 マッカーサーがきているっていうことは、戦災には会わなかった、ということですね。
勝俣 はい、箱根はございませんでした。神奈川県ですと「ホテルニューグランド」「富士屋ホテル」、それから強羅に「強羅ホテル」というのがございましたが、そこが米軍の接収を受けています。接収解除が昭和29年ですから、約9年間米軍に接収されておりました。米軍に接収されていた時は、バーでカクテルパーティが毎晩開かれていたようです。
渡辺 進駐軍は、いいホテルはみな持っていったから。
勝俣 一般営業が昭和29年の9月からでございます。それから10年ほどたって、東京オリンピックになりました。高度成長と共に外国からのお客様が増えました。
渡辺 今日も何人か見かけましたが、多いみたいですね。

百会楽話 富士屋ホテル 皇族の方々

百会楽話 渡辺淳一 × 富士屋ホテル社長 勝俣伸 氏

百会楽話 富士屋ホテル 階段の手すり

百会楽話 富士屋ホテル レストランにて

勝俣 私が入社した頃は、90%ぐらいが外国の方でした。それから急にドルが安くなりまして、日本人のお客様の割合が増えました。
渡辺 確かに、このホテルは外国人の好みに合っている。エキゾチックな、和風のいろいろな彩りがあるから。廊下や階段の手すり、そして部屋の造りも。
勝俣 そうですね。日本建築の中にアジアのテイストがかなり入っております。3代目がアジアの当時のいろいろな文化を吸収されまして。インドネシアのカラーリングであるとか、かなりオリエンタルな装飾デザインをしました。
渡辺 誰の設計ですか。
勝俣 山口仙之助、オーナー自ら設計をしました。
渡辺 では、オーナーがいろいろ外国に行って、こういうのを作ってみたいと夢をふくらませて造ったんだろうね。
勝俣 棟梁は有名な河原という一族がいまして、日光東照宮の宮大工等々を務めた方です。日光の金谷家と「富士屋ホテル」創業の山口家は姻戚関係にあります。3代目の正造という社長が金谷家の次男で山口家にやってまいりました。
渡辺 僕のいる花御殿も、当時の好みをしっかりわきまえた人が、造っているわけですね。
勝俣 そうでございます。「富士屋ホテル」の建物は大きく3つに分けられます。明治期のもの、大正期、そして花御殿の建てられた昭和期です。明治中期から各時代にまたがって、それぞれが個性的で変化に富んでいます。
渡辺 それぞれの部屋に時代の息吹が残されていて。
勝俣 明治期の建物は本当に西洋風の洋館だったのですが、日本文化をアピールするために花御殿を作ったそうです。ですから「富士屋ホテル」は、建物別にいろんな部屋に泊まってみないと、ホテル全体がわかりません。同じ部屋が一つもございませんので、そこが面白いところです。
渡辺 全部で何室ありますか。
勝俣 146部屋です。
渡辺 そんなにあるの。お客さんは、代々、初め親に連れられて、などという方も多いのでしょう。
勝俣 そうですね。私がウェイターの頃にいらしていたお子さんが成人されて、その方にお子さんもおられて。ですから4代、5代、代々お見えになられております。そういった意味では異色のホテルですね。ですから料理も、小さい時に味わっていた感覚、記憶がございますから、変えてはいけない料理の味と、時代によって変えるものと両方ございまして、料理長は大変です。
渡辺 変えてはいけないものは何ですか。
百会楽話 富士屋ホテル 料理イメージ

百会楽話 富士屋ホテル 庭

百会楽話 富士屋ホテル ホテル内より外を望む

百会楽話 富士屋ホテル 外観
勝俣 ソースですね。デミグラスソースは脈々と私どもの伝統になっております。
渡辺 なるほど、それはいいね。一番古い建物は正面ですか。
勝俣 さようでございます。現存で一番古い営業館は、メインロビーのところです。
渡辺 明治24年のままですか?
勝俣 はい。明治11年の建物は宮ノ下の大火で焼失してしまいました。それによって、「富士屋ホテル」は明治11年から16年までのお客様の宿泊台帳を失いました。その後17年に作った建物がありますが、それは現在、研修生の寮として使っており、登録文化財であります。
渡辺 下から火が上がってきたんだ。
勝俣 はい、この下から。昔は木造家屋ですから。
渡辺 消防もなかっただろうね、こんな山奥では。明治24年から、建物は微動だにしないんですか。
勝俣 はい。ここは非常に硬い岩盤でございまして、国土交通省の地理学の起点にもなっております。明治の初めに、山口仙之助がホテルの経営を志したときに、よくこの地を選んだと思います。直下型の地震がありましても、それほど影響はないと思われます。ただ木造建築ですから、手直しは必要です。
渡辺 いくら地盤がよくても、建物は古びると思うけど、すごいものだなあ。
勝俣 昨今建物の耐震補強が叫ばれております。絶えず補強していかなければいけません。日本でもだんだんクラシックホテルがなくなっていきます。これをなくした場合は、富士屋ホテルとしての価値がなくなりますので、大事にしていきたいと思っています。
渡辺 初めから「富士屋」といってたんですか?
勝俣 昔は「藤屋」と申しました。「藤屋」という旅館を買収したんです。外国人専用ですから、やっぱり日本をアピールするには富士山ということで、屋号を「富士」に変えました。
渡辺 やはり、東京のお客さんが多いですか。
勝俣 そうですね。85%が首都圏のお客様ですね。箱根は面白いところで、関所もございますし、昔から東海道の要衝ですが、どうしても東京を向いています。今、政府が「ビジットジャパン・キャンペーン」をやっていますが、名古屋にセントレアができて、これから静岡空港ができますね。西からのお客様を広げていかなければいけないと思っています。
渡辺 距離の問題もあるだろうね。
勝俣 東京から90kmという距離がいいのでしょう。滞在するにも温泉がございますし、また何か所用でも、すぐに帰れますから。

百会楽話 富士屋ホテル 入口

勝俣伸(かつまた しん)
1953年、神奈川県箱根生まれ。立教大学社会学部観光学科を卒業し、1976年、富士屋ホテル株式会社に入社。湯本富士屋ホテル支配人・富士屋ホテル支配人・総支配人を経て、2004年6月に富士屋ホテル椛纒\取締役社長に就任し、現在に至る。


渡辺淳一(わたなべ じゅんいち)
北海道生まれ。医学博士。1958年札幌医科大学卒業後、整形外科講師となり、医療のかたわら小説を執筆。1970年『光と影』で直木賞を受賞。1980年に吉川英治文学賞、2003年には菊池寛賞などを受賞。北海道・札幌に渡辺淳一文学館がある。作品には「阿寒に果つ」「無影燈」「白夜」「ひとひらの雪」「失楽園」など多数。現在文壇の第一線で活躍している。

オフィシャルブログ | 渡辺淳一文学館
渡辺 日本の金持ちのほとんどは東京にいるから。ここで結婚式もできるわけですね。
勝俣 チャペルがホテル内と庭園にございます。今、家族的な婚礼が人気でして、少人数での結婚式が増えております。
渡辺 女性はこんなところで結婚式を挙げたいんだろうな。とにかく、今夜は落ち着けそうです。和と洋のいいところを採り入れたホテルが一番いい。広い和室に布団一つ敷いて寝ていると、太平洋に小船で浮いているみたいで不安でね。(笑)
僕の部屋「桜」は眺めもいいけど、トイレとバスルームの隣に、一つかなり大きい空間があって。ここにハンガーと金庫が入っていて。今風にいうとドレッシングルームのようになっていて、当時から利用されていたのかと、感心したんだけど。
勝俣 クローゼットルームですね。
渡辺 あんなに広い空間があるなんて贅沢ですね。
勝俣 昔は横浜にお客様が船で着きましたから、滞在が1ヵ月、2ヵ月になりますよね。ですからあれだけの広さがないと荷物が収容できませんでした。ここを起点に長期滞在をなさってツアーをするわけです。バスルームぐらいの大きさがありますね。
渡辺 表向きの部屋だけでなく、ああいう空間は大事だから。
勝俣 旅の変遷も建物の中に垣間見ることができます。横浜に着いて、日光・鎌倉、そして箱根。箱根を起点に富士山に行かれたり、最低でもツアーで2週間はかかります。さらに京都に行って、関西から帰国する。横浜は水が非常にいいらしいです。客船のクイーンエリザベス号などは、横浜で水をたくさん積んで行ったと聞いています。その水は、山中湖の道志村から引いているものです。
渡辺 なにか暢んびりとしていて、贅沢ですよね。


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Photographs by 和田直樹

一期一会


第25回 浅田裕久(浅田屋社長)・浅田郁子(浅田屋女将) …百万石の余裕
第24回 堀部寛子(炭屋旅館女将) …和敬清寂の宿
第23回 鳥居正彦・宮崎英男(志摩観光ホテル ベイスイート) …志摩観光ホテルは進化し続けます
第22回 相原郁子(新井旅館 先代女将)・森桂子(新井旅館 女将) …温故知新の宿
第21回 笹川孝仁(大分・界 ASO支配人) …不思議なすばらしい空間
第20回 井上槇子(日光・金谷ホテル執行役員・統括本部長) …江戸の華麗、明治のモダン
第19回 森 一紀 / 辻 利幸 / 樋口逸郎(奈良ホテル) …歴史の重み 老舗の力
第18回 木村襄司(小樽・銀鱗荘オーナー) …一大道楽で鰊御殿が旅館に
第17回 三國浩紀(アラマンダ支配人) …遠大で壮大な挑戦
第16回 比嘉建己(ジ・アッタテラス支配人) …ヨーロッパのシックなリゾートが沖縄に
第15回 清水かほる(ベネッセハウス副総支配人) …「よく生きる」ことを考える場所
第14回 勝俣伸(富士屋ホテル社長) …かごで上ったアジアンテイストのホテル
第13回 岩村尚子(岩惣 先代女将)・岩村玉希(岩惣 女将) …光雅と静寂の神の島
第12回 中村律子(旅館くらしき女将) …美しき蔵の町の蔵の宿
第11回 向井聖子(三養荘女将) …財閥の別邸
第10回 北山ひとみ(二期リゾート 代表取締役) …十八世紀フランスのサロンを目指す
第09回 西村明美(柊家女将) …京都は京都らしく
第08回 マルコム・トンプソン(ザ・ペニンシュラ東京 総支配人) …日本に学んだおもてなしの心
第07回 星野佳路(「星野リゾート」社長) …世界のリゾートを向こうに
第06回 齋藤朝子(海石榴大女将) …万葉の湯
第05回 石川修(ホテル ニドム社長) …ニドム カムイに授かりし森
第04回 岡副徳子(金田中若女将) …新橋の花柳界を守る金田中
第03回 浅羽愛子(伊豆・あさば女将) …「あさば」はあくまで「あさば」である
第02回 井上旭(シェ イノ シェフ)  …45年間、支持され続けた料理
第01回 古谷青游(熱海・伊豆山・蓬莱女将) …日本で一番早く春が来るところ


 
 

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