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一期一会
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一. 明治・大正・昭和 三つの様式

百会楽話 渡辺淳一 × 富士屋ホテル 階段

百会楽話 渡辺淳一 × 富士屋ホテル 廊下

百会楽話 渡辺淳一 × 富士屋ホテル お部屋の一例
渡辺 さすがに、由緒あるいい建物ですね。
勝俣 ありがとうございます。これを何とかそのままの形で維持していかなければいけないと思っております。内装は若干変えていますけれど、ロビー、その前の階段、本館の部屋は当初からの建物です。明治11年(1878年)に箱根・宮ノ下に建てられました。
渡辺 130年前ですか。
勝俣 今年の7月15日で130年です。
渡辺 勝俣さんは、こちらにいつからいらっしゃるんですか。
勝俣 昭和51年入社でございます。
渡辺 これ、国際興業グループなんですね。
勝俣 さようでございます。昭和41年から国際興業且P下になりました。それまでの80数年間は、山口家代々の同族経営でありました。ですから「富士屋ホテル」の歴史の3分の1は国際興業潟Oループということです。
渡辺 しかし、ずいぶん、いろいろな方が訪ねてますね。皇族の方々もほとんどお見えで。今夜、僕が宿泊する部屋はヘレン・ケラーが泊まったと書いてあったけど。花御殿の「桜」の部屋。
勝俣 そうですね。アイゼンハワーさんもジョン・レノンさんもお泊まりになりました。
渡辺 そしてマッカーサーも。
勝俣 はい。
渡辺 マッカーサーがきているっていうことは、戦災には会わなかった、ということですね。
勝俣 はい、箱根はございませんでした。神奈川県ですと「ホテルニューグランド」「富士屋ホテル」、それから強羅に「強羅ホテル」というのがございましたが、そこが米軍の接収を受けています。接収解除が昭和29年ですから、約9年間米軍に接収されておりました。米軍に接収されていた時は、バーでカクテルパーティが毎晩開かれていたようです。
渡辺 進駐軍は、いいホテルはみな持っていったから。
勝俣 一般営業が昭和29年の9月からでございます。それから10年ほどたって、東京オリンピックになりました。高度成長と共に外国からのお客様が増えました。
渡辺 今日も何人か見かけましたが、多いみたいですね。

百会楽話 渡辺淳一 × 富士屋ホテル 皇族の方々

百会楽話 渡辺淳一 × 富士屋ホテル社長 勝俣伸 氏

百会楽話 渡辺淳一 × 富士屋ホテル 階段の手すり

百会楽話 渡辺淳一 × 富士屋ホテル レストランにて

勝俣 私が入社した頃は、90%ぐらいが外国の方でした。それから急にドルが安くなりまして、日本人のお客様の割合が増えました。
渡辺 確かに、このホテルは外国人の好みに合っている。エキゾチックな、和風のいろいろな彩りがあるから。廊下や階段の手すり、そして部屋の造りも。
勝俣 そうですね。日本建築の中にアジアのテイストがかなり入っております。3代目がアジアの当時のいろいろな文化を吸収されまして。インドネシアのカラーリングであるとか、かなりオリエンタルな装飾デザインをしました。
渡辺 誰の設計ですか。
勝俣 山口仙之助、オーナー自ら設計をしました。
渡辺 では、オーナーがいろいろ外国に行って、こういうのを作ってみたいと夢をふくらませて造ったんだろうね。
勝俣 棟梁は有名な河原という一族がいまして、日光東照宮の宮大工等々を務めた方です。日光の金谷家と「富士屋ホテル」創業の山口家は姻戚関係にあります。3代目の正造という社長が金谷家の次男で山口家にやってまいりました。
渡辺 僕のいる花御殿も、当時の好みをしっかりわきまえた人が、造っているわけですね。
勝俣 そうでございます。「富士屋ホテル」の建物は大きく3つに分けられます。明治期のもの、大正期、そして花御殿の建てられた昭和期です。明治中期から各時代にまたがって、それぞれが個性的で変化に富んでいます。
渡辺 それぞれの部屋に時代の息吹が残されていて。
勝俣 明治期の建物は本当に西洋風の洋館だったのですが、日本文化をアピールするために花御殿を作ったそうです。ですから「富士屋ホテル」は、建物別にいろんな部屋に泊まってみないと、ホテル全体がわかりません。同じ部屋が一つもございませんので、そこが面白いところです。
渡辺 全部で何室ありますか。
勝俣 146部屋です。
渡辺 そんなにあるの。お客さんは、代々、初め親に連れられて、などという方も多いのでしょう。
勝俣 そうですね。私がウェイターの頃にいらしていたお子さんが成人されて、その方にお子さんもおられて。ですから4代、5代、代々お見えになられております。そういった意味では異色のホテルですね。ですから料理も、小さい時に味わっていた感覚、記憶がございますから、変えてはいけない料理の味と、時代によって変えるものと両方ございまして、料理長は大変です。
渡辺 変えてはいけないものは何ですか。
百会楽話 渡辺淳一 × 富士屋ホテル 料理イメージ

百会楽話 渡辺淳一 × 富士屋ホテル 庭

百会楽話 渡辺淳一 × 富士屋ホテル ホテル内より外を望む

百会楽話 渡辺淳一 × 富士屋ホテル 外観
勝俣 ソースですね。デミグラスソースは脈々と私どもの伝統になっております。
渡辺 なるほど、それはいいね。一番古い建物は正面ですか。
勝俣 さようでございます。現存で一番古い営業館は、メインロビーのところです。
渡辺 明治24年のままですか?
勝俣 はい。明治11年の建物は宮ノ下の大火で焼失してしまいました。それによって、「富士屋ホテル」は明治11年から16年までのお客様の宿泊台帳を失いました。その後17年に作った建物がありますが、それは現在、研修生の寮として使っており、登録文化財であります。
渡辺 下から火が上がってきたんだ。
勝俣 はい、この下から。昔は木造家屋ですから。
渡辺 消防もなかっただろうね、こんな山奥では。明治24年から、建物は微動だにしないんですか。
勝俣 はい。ここは非常に硬い岩盤でございまして、国土交通省の地理学の起点にもなっております。明治の初めに、山口仙之助がホテルの経営を志したときに、よくこの地を選んだと思います。直下型の地震がありましても、それほど影響はないと思われます。ただ木造建築ですから、手直しは必要です。
渡辺 いくら地盤がよくても、建物は古びると思うけど、すごいものだなあ。
勝俣 昨今建物の耐震補強が叫ばれております。絶えず補強していかなければいけません。日本でもだんだんクラシックホテルがなくなっていきます。これをなくした場合は、富士屋ホテルとしての価値がなくなりますので、大事にしていきたいと思っています。
渡辺 初めから「富士屋」といってたんですか?
勝俣 昔は「藤屋」と申しました。「藤屋」という旅館を買収したんです。外国人専用ですから、やっぱり日本をアピールするには富士山ということで、屋号を「富士」に変えました。
渡辺 やはり、東京のお客さんが多いですか。
勝俣 そうですね。85%が首都圏のお客様ですね。箱根は面白いところで、関所もございますし、昔から東海道の要衝ですが、どうしても東京を向いています。今、政府が「ビジットジャパン・キャンペーン」をやっていますが、名古屋にセントレアができて、これから静岡空港ができますね。西からのお客様を広げていかなければいけないと思っています。
渡辺 距離の問題もあるだろうね。
勝俣 東京から90kmという距離がいいのでしょう。滞在するにも温泉がございますし、また何か所用でも、すぐに帰れますから。

百会楽話 渡辺淳一 × 富士屋ホテル 入口

勝俣伸(かつまた しん)
1953年、神奈川県箱根生まれ。立教大学社会学部観光学科を卒業し、1976年、富士屋ホテル株式会社に入社。湯本富士屋ホテル支配人・富士屋ホテル支配人・総支配人を経て、2004年6月に富士屋ホテル椛纒\取締役社長に就任し、現在に至る。


渡辺淳一(わたなべ じゅんいち)
北海道生まれ。医学博士。1958年札幌医科大学卒業後、整形外科講師となり、医療のかたわら小説を執筆。1970年『光と影』で直木賞を受賞。1980年に吉川英治文学賞、2003年には菊池寛賞などを受賞。北海道・札幌に渡辺淳一文学館がある。作品には「阿寒に果つ」「無影燈」「白夜」「ひとひらの雪」「失楽園」など多数。現在文壇の第一線で活躍している。

オフィシャルブログ | 渡辺淳一文学館
渡辺 日本の金持ちのほとんどは東京にいるから。ここで結婚式もできるわけですね。
勝俣 チャペルがホテル内と庭園にございます。今、家族的な婚礼が人気でして、少人数での結婚式が増えております。
渡辺 女性はこんなところで結婚式を挙げたいんだろうな。とにかく、今夜は落ち着けそうです。和と洋のいいところを採り入れたホテルが一番いい。広い和室に布団一つ敷いて寝ていると、太平洋に小船で浮いているみたいで不安でね。(笑)
僕の部屋「桜」は眺めもいいけど、トイレとバスルームの隣に、一つかなり大きい空間があって。ここにハンガーと金庫が入っていて。今風にいうとドレッシングルームのようになっていて、当時から利用されていたのかと、感心したんだけど。
勝俣 クローゼットルームですね。
渡辺 あんなに広い空間があるなんて贅沢ですね。
勝俣 昔は横浜にお客様が船で着きましたから、滞在が1ヵ月、2ヵ月になりますよね。ですからあれだけの広さがないと荷物が収容できませんでした。ここを起点に長期滞在をなさってツアーをするわけです。バスルームぐらいの大きさがありますね。
渡辺 表向きの部屋だけでなく、ああいう空間は大事だから。
勝俣 旅の変遷も建物の中に垣間見ることができます。横浜に着いて、日光・鎌倉、そして箱根。箱根を起点に富士山に行かれたり、最低でもツアーで2週間はかかります。さらに京都に行って、関西から帰国する。横浜は水が非常にいいらしいです。客船のクイーンエリザベス号などは、横浜で水をたくさん積んで行ったと聞いています。その水は、山中湖の道志村から引いているものです。
渡辺 なにか暢んびりとしていて、贅沢ですよね。


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Photographs by 和田直樹

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