


古谷青游 (ふるたに せいゆう)
江戸時代末に暖簾を掲げた老舗旅館 蓬莱の女将。
江戸時代末に暖簾を掲げた老舗旅館 蓬莱の女将。
アイディアのあるお嫁さん |
| 渡辺 | 走り湯はその時にはもう、あったの? |
| 古谷 | 走り湯は私が作ったんです。一番先に離れを作りました。父の弓道場に「作らせてください」ってお願いして、五つ作りました。その時は、団体のお客様を取っていましたが、離れでゆったり楽しんでいただきたいと思いまして。先生、そのころ団体の泊まりが1,500円、ここの調理場の洗い場の子のお給料が月1,500円でした。そういう時代に、離れは2,500円いただいたんです。「いやあ、高い」って言われました。離れと同時に走り湯を作ったんです。 |
| 渡辺 | その当時、あそこに湯が出ることは分かっていたんですか。 |
| 古谷 | 源泉は先からモーターで引いて、掛け流しです。もったいないんですけど、気持ちがいいですから。 |
| 渡辺 | すごいアイディアだな、あんな山の中腹にね、温泉を作ってしまったんだから。 |
| 古谷 | あのお風呂を作ったら、世の中に温泉ブームがきたんですね。面白いですね、あれが本当に走り湯なんです。 |
| 渡辺 | なかなかアイディアのあるお嫁さんだったんだ。 |
| 昔の風情 |
| 渡辺 | 熱海が一番にぎやかだったのは何年ごろですか? |
| 古谷 | 私が結婚して来た頃ですね。 |
| 渡辺 | じゃあ、昭和30年代初め。 |
| 古谷 | 本当に毎日毎日、団体でした。その頃は糸川というところに夜になると女の人が立っていたんです。まだ、遊郭がいっぱいあった頃ですから。 |
| 渡辺 | 当時は、芸者さんもいっぱいいたんでしょう。 |
| 古谷 | 芸者は1,200人ぐらいいて、ケンバン通っていない人がもっといましたね。蓬莱も、毎日芸者衆が入っていました。先生、いい時代で、芸者衆がお座敷に入ると、「明日またおいで」ってお客様がおっしゃる。翌朝ご飯の後、11時ごろに芸者衆が来るんです。 |
| 渡辺 | 午前11時に来るの? |
| 古谷 | はい。お客様が朝ご飯を10時ごろ召し上がって、芸者衆が着いて、「お風呂へ行こう」って一緒にお風呂に入るんです。芸者衆も浴衣着てくるんです。すごくいい時代だったの。旅館は、いついらっしゃろうが、いつお帰りになろうがご自由だったんです。 |
| 渡辺 | 本当に知っている客しかこないの? |
| 古谷 | いや、そんなことないですよ。 |
| 渡辺 | 上客ばかりきていたのが、変わってきた? |
| 古谷 | そういうお客様がいらして、団体になって少しずつ変わってきました。チェックイン・チェックアウトがきちんとしたのは雇用の問題からですね。今はチェックインは2時、チェックアウトは11時ですけれど。あのころは、いい時代でしたよ、先生。 |






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