

不思議よね、50を歳過ぎてからのほうが、ガガーッといろいろなことが転がるようになった。動き始めちゃった。それも別に、狙ったわけじゃない。フランス語覚えてからフランス行って、フランス人の友だち作って、じゃなくて、フランスに行って友だちができたので、フランス語を勉強する、みたいなやり方でものごとが進んでいった。
結局、逃げなければ、面白くなるのよね。逃げたり、言い訳したりすると、何も始まらない。立ち向かわずに、よけたり逃げたりすると、「なんだ、出会わなくてもよかったんだ」ということになっちゃう。
でも、転がり始めるのがもうちょっと早かったら、そのタイミングじゃダメだったかもしれない。本当に今だったから、ちょうどいい。高望みせずに、「笑っちゃうよねぇ、今から新人やれるんなんて」という感じで、監督も、海外での俳優活動も楽しめる。そのためには、このタイミングじゃなければならなかったと思う。
監督をやったことで、違う面から映画を観ることができたのも、面白かった。おかげで私、映画を観る人をすごく信じられた。表現でたくらんだことって伝わるんだってことがわかったので、映画の可能性をもっと感じたのよね。
人と人との間でも、「どいいうふうに好きなの?」と聞かれても説明できないけれど、一緒にいると居心地がいい、ということってあるじゃない。映画って、そういうものかもしれない。いくら言葉をいっぱい使っても伝えられないようなことが、1つの映画を観ただけで、私のことを全部知っている、みたいにね。そういうすばらしさ。本当にわかってもらえるというのが、こんなに嬉しいのか、という感じね。
私、女としてとか、女優としてだったら、もっと傲慢に理解されることを要求してきたんだと思う。でも映画を撮ったおかげで、「何かを放って相手から返ってこなかったからって怒ることじゃない」というのを覚えてしまった。その人が理解しなくても、その人のことが嫌いにならなくなる。自分の中に、新しい人間性が芽生えてくるわけ。
好きになる人まで違ってきた。あまり話が合わなくても、ぜんぜん大丈夫になってきたしね。国が違うと、本当に考え方が違うから、わかってもらおうなんて、思わなくなった。
英語に関しては、今でも5つくらいのセンテンスで、全部やりきっちゃうんだけど、でもちゃんと通じている。英語の次は、フランス語もやるつもり。昔フランス語は、100点満点で5点しかとれなかったんだけど(笑)。最近、フランスの監督とも仕事をしているけれど、大丈夫みたい。「フランス語向いてるよ」とみんなにおだてられて、すっかりその気になってるの(笑)。まだまだ、これから!
1952年、東京生まれ。12歳で英国ロイヤル・バレエ・アカデミーに留学。女子美術大学付属高校卒業後、文学座研究所を経て71年、映画デビュー。77年『幸福の黄色いハンカチ』で日本アカデミー賞、ブルーリボン賞助演女優賞受賞。79年には『もう頬づえはつかない』『神様のくれた赤ん坊』で日本アカデミー賞、ブルーリボン賞主演女優賞受賞。女優のほか、エッセイストとしても活躍。2005年ロブ・マーシャル監督の映画『SAYURI』でハリウッドデビュー。その後、ロシア映画『太陽』にも出演している。06年『無花果の顔』では初監督を務め、原作・脚本を書き、出演している。第57回ベルリン国際映画祭 最優秀アジア映画賞、第21回スイス・フリブール国際映画祭長編コンペティション部門特別賞、トルコ フライング・ブルーム国際女性映画祭 国際批評家連盟賞を受賞している。三池崇史監督の映画『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』公開中