

ロスで暮らすようになったきっかけは、気まぐれでオーディションを受けた『SAYURI』だったけれど。オヤジが死んだから、もっと辛いことを自分に課したほうがいいなと思ってオーディション受けたのよね。行って6ヵ月たったら住めちゃったから、そのまま住んでいるわけ。楽しくなって、困ったことがなくなるまでは、帰らないって思ったの。住み続けていれば、英語もできるようになって、住めちゃうようになるから。じゃあ、気がすむまでいよう、って。
そうしたら、本当にありえないことが、いっぱい起こるんですよ。外交官のお嬢さんで、10代のとき親友だったのに会えなくなってしまった人と偶然会うし、イギリスで初めてほっぺにキスされた初恋の男の子と会うし。
香港のスタンリー・クワン監督の映画『異邦人たち』のときのプロデューサーで、本当に好きだった女の人がいるんだけど、その人がアメリカ人と結婚してうちのすぐそばに住んでいたりとか。もう異常なの、驚いちゃうね。呼ばれているとしか思えない。その人に会ったことによって、私の中にこんな気持ちが生えてきたと言える何人かと、出会うわけ。
3軒隣のブロックには、真田広之君が住んでいるの。真田君は役者のなかでは、親しいほう。私、もし海外の映画で日本人の役者と共演する機会あったら、松田優作か真田君がいいなと思っていたの。でも優作はもうこの世にいないでしょう。真田君は、俳優として私と望みが似ているというか、純情さの純度が似ているというか。その真田君が、偶然にもすぐ近くで暮らしているんだから、不思議よね。
住んでいる環境も、ありえないようなところだし。朝起きると、隣の住人がドアのところにいて「おはよう〜」とか、「あんた、この部屋で一緒に住んでいないよね」と言いたくなるくらい、人の出入りがあって。やっと芽が出てきたかな、というようなロック歌手の子がいたり、まるで“トキワ荘”みたい。
私、小学校6年の終わり頃から、バレエでイギリスに留学しているでしょう。寮生活だったし、そのときこっぴどくやられているから、英語は逃げ切ったつもりだったの。でも自分の中にずーっと、いやーなしこりにはなっていたのよね。
ロスで暮らすようになってから、英語に耳が慣れるのはすごく早かった。なんで、何を言っているのかわかるんだろうってと思って、イギリス時代の友だちに聞いたら、私、寮に3年いて、「かおりはずっと英語をしゃべっていたよ」って。でも、自分では覚えていないのよ。
初恋の男の子からほっぺにキスされたのも、言われるまで思い出せなかった。でも話しているうちに、「2階の部屋だったよね」とか、全部思い出した。なんか、軽度の記憶喪失みたいに、記憶をブロックしていたみたい。そのくらい、当時、しんどかったんだと思う。だからそのリベンジもあるの。
ロスでの生活は、ぜんぜん狙っていたわけじゃないし、なんか、そういうときがきた、という感じ。本当にタイミングとしか言いようがないの。そういう時間と場所が、寄ってきた。不思議よね。ロスにいられるように、していってくれるんだから。
『SAYURI』で6ヵ月ロスにいることになったとき、もし通訳してくれる人がいたら、誤魔化して帰ってきたかもしれない。でもあのときは、悔しかったからね。やっぱりもう、明らかになめられてるわけ。朝も私だけ、4時とかに呼ばれて。みんなが来るの8時って、どういうこと? みたいな。つらい目にあわないと、返ってこないものがあるよね。やっぱり、悔しい思いをしないとね。
1952年、東京生まれ。12歳で英国ロイヤル・バレエ・アカデミーに留学。女子美術大学付属高校卒業後、文学座研究所を経て71年、映画デビュー。77年『幸福の黄色いハンカチ』で日本アカデミー賞、ブルーリボン賞助演女優賞受賞。79年には『もう頬づえはつかない』『神様のくれた赤ん坊』で日本アカデミー賞、ブルーリボン賞主演女優賞受賞。女優のほか、エッセイストとしても活躍。2005年ロブ・マーシャル監督の映画『SAYURI』でハリウッドデビュー。その後、ロシア映画『太陽』にも出演している。06年『無花果の顔』では初監督を務め、原作・脚本を書き、出演している。第57回ベルリン国際映画祭 最優秀アジア映画賞、第21回スイス・フリブール国際映画祭長編コンペティション部門特別賞、トルコ フライング・ブルーム国際女性映画祭 国際批評家連盟賞を受賞している。三池崇史監督の映画『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』公開中