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一期一会

阿川佐和子阿川佐和子 心に残る出会い2

出会いのお陰で生きている2
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[2]迷いを払拭してくれたチャン・イーモウ監督の言葉

『週刊文春』のインタビューでは、1回しか会っていないけれども、生きる指針を与えられた大切な出会いもありました。そのおひとりが、中国の映画監督、チャン・イーモウさんです。

阿川佐和子さん1 その頃、私は、自分が結局は何屋になりたいのだろうと迷うことがよくありました。誰しもあることだと思いますが、ニュースの番組に出ているけれども、合っていないような気がするとか、やってみた仕事をボロクソに言われて、もう辞めたほうがいいんじゃないかしらと思うことがしょっちゅうあったり、自分の居場所について不安になったり、自信を失くしたり……。そういうときにチャン・イーモウ監督にお会いして、こう話されたんです。

「人生に大きな夢や目標を持つことも大事だと思う。しかし一方で、目の前の二又の道を一所懸命きちんきちんと選んで前に進んでいけば、それは、どういう理由であろうと自分で選んできた道であり、それが、どういうとんでもないところに向っていようと、やっぱり選んできた道筋なんだ」。

それを聞いたときに、ああ、いいんだ。私は「何になりたい?」と聞かれたときに答えられなかったり、「目標は何か? 夢は何か?」と聞かれたときに「なーんにもありませ〜ん!」と思っていたけれども、ああ、それでいいんだ。ちゃんと目の前のことを誠意を持ってやっていれば、自ずと二又の道は選ばれていくのだなぁ……と力づけられました。

もうひとり、大切な出会いは私の小説『婚約のあとで』(新潮社刊)のモデルにもなってもらいましたが、エッセイストの三宮麻由子さんです。彼女は4歳で視力をなくされていますが、大学院でフランス文学を専攻したあと、外資系通信社で報道翻訳をしながら、エッセイを書いています。目の見えない友達を初めて持ちましたけれども、まったく知らない世界を教えられたと同時に、その人がこんなに魅力的にものを感じて、表現して、おもしろく、品よく生きていることは衝撃的でしたね。最初に私は彼女の『鳥が教えてくれた空』(集英社文庫)というエッセイを読んで感動しちゃって、感動したことをあっちこっちでしゃべっているうちに、文庫解説を書けと言われて、書いたんだから対談しろと言われて「きゃーっ! 初めて会う〜!」なんて喜んで会って(笑)。それからメル友になったり、ときどき会ったり、ラジオに呼んだり、とうとう小説のモデルにまでしてしまったんですね。(笑)

阿川佐和子さん2 彼女には、無理にそうしようとか虚勢を張っているのではない、自然な明るさがあります。加えて、目が見えないことを売り物にして仕事をしたくない、という強いプロ意識も持っている。見えていない現状は仕方ないから、それを説明せざるを得ない場面はいっぱい出てくるけれども、売り物にはしたくない、というしっかりした心構えがあるんです。事実、見える、見えないにかかわらず、まず文章家として素晴らしい文章を書く。『鳥が教えてくれた空』なんて、すごく品のある文章で、泣かせようとしているものではなく、ご自身が楽しんでいる文章なんです。ユーモアのセンスがあって笑わせてもくれるし、表現力も非常に豊か。
そういえば、春先に彼女に電話したときに「うちの梅の木にウグイスがきていると思うんだけれども、全然鳴かないの。これはなぜ?」と聞いたら、「それはメジロです」って(笑)。「目の周りが白いでしょ? ウグイスと同じような体の色はしているけれども、あれはウグイスではなくてメジロで、動きがこうで……」って、「アンタは見えとるんかい!?」と言いたくなるぐらい、全部教えてくれるの。(笑)
彼女にだって、この仕事をしていなかったら出会えませんでした。読者としては出会ったかもしれないけれども。どれほど自分が慰められたかを考えると、年に何回も会わなくても、ああ、仕事をしていたお陰なのだな、と思います。私はそういう意味では、人より得な立場にいることは確かです。



阿川佐和子
阿川佐和子 ― あがわさわこ ―
1953年11月1日、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。エッセイスト、小説家、インタビュアー、司会者として幅広く活躍している。1999年『ああ言えばこう食う』(檀ふみさんとの共著 集英社刊)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館刊)で坪田譲治文学賞を受賞。エッセイに『グダグダの種』(大和書房刊)『オドオドの頃を過ぎても』(新潮社刊)『トゲトゲの気持』『空耳アワワ』(中央公論新社刊)、小説作品に『婚約のあとで』『スープ・オペラ』(以上新潮社刊)『屋上のあるアパート』『恋する音楽小説』(以上講談社刊)などがある。







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