

出会いということで言えば、私はとっても恵まれた環境にいると思っています。なぜならば、『週刊文春』の連載対談「阿川佐和子のこの人に会いたい」で、週に1回は必ずインタビューをしていますから。インタビューの仕事というのは、8割方、初めての出会いです。まさに一期一会で1回お会いして、その後まったく会わない方もいますが、何割かは、おつき合いが続いたり、年に1〜2度会ったり、仕事で再会することもある。そういう意味では、私は出会いのお陰で生きているようなものです。しかも、私が探して出会っているのではなくて、与えられた出会いによって生きているのですからね。
『週刊文春』のゲストとして出会って、これまでおつき合いが続いている方の代表格と言えば、イラストレーターの和田誠さんです。ちょうど11年前、『週刊文春』の20周年記念というときに、表紙を描かれている和田さんに「何かイベントをやりませんか」というお話が、編集部からあったそうです。いろいろなアイデアの中に「アガワのページにゲストとしてお招きする」というのもあって、和田さんが「それがいい」と言ってくださったのだとか。それで初めてお会いしたんです。
和田さんは、イラストを描いているし、映画監督もなさっているし、本のデザインもすれば、文章もお書きになり、作詞もされる。そのとき、最近やったお仕事に、トランスオーシャン航空の尾翼のデザインがある、というお話になったんです。それで「近々、飛行機の就航記念に乗せてもらえるけれども、行きたい?」っておっしゃるから「行きたい! 行きたい!」って言ったの。そうしたら、対談が終わって何週間か経ったころ、「和田でーす!」って電話がかかってきた。「どこの和田さんだ!?」と思ったら(笑)、和田誠さんじゃないですか。もう緊張して応えたら「この間話していた飛行機の話、日程が決まったけれども、行く?」と言われたんです。こちらは、びっくりして「えーっ? 本気ぃ〜?!」。だって、口約束というのは、この業界には山のようにあって、「今度ごはん食べようね」とか「お酒飲もうね」なんて、いっぱいあるじゃない。でも実現する可能性は3割ぐらい。だからと言って、和田さんを信用していなかったわけではないのですが、まさかご本人から電話があって、お誘いを受けるとは思ってもいなかったんです。
一方で、その頃『週刊文春』の対談をまとめた本の第一弾が、文庫本として出版されることが決まって、装丁を誰にお願いするかという話になりました。そのときに出版社の方から「和田誠さんはいかがですか?」と。「それは、叶うならばお願いしたいけれど、そんな大御所にしていただける立場なのかい、私は?」と思っていたところ、お引き受けいただけた。
すると、対談集だから売れないと予想されていた本が、意外に売れたんです。これは、やはり和田さんの装丁が素晴らしかったから。和田さんの装丁と、文庫本のサイズとアガワのキャラがうまく合致した感じがあって、出版社の方からも「これからも阿川さんの本には、和田さんの装丁がいいんじゃない?」なんて言われました。でも「いいんじゃない?」って言われてもねぇ(笑)。「私から生意気なことを言える立場ではないし……」なんて言っていたのですが、次のエッセイが単行本にまとまるときに、幸運にもやっていただけることになったんですね。
それから少しずつ、和田さんの展覧会に行ったり、コンサートに行ったり、朝4時くらいまで飲んだり、奥様の平野レミさんに会ったり、ジャズの仲間に会ったり……というおつき合いが始まりました。そして、これはもう、私にとっては、かけがえのない人間関係ができちゃったんです。
私、何度も思いましたよ。和田さんのジャズの仲間に会ったり、飲み会に行ったりしているときに。「ああ、私は本当に結婚したかった。でも、結婚していたら、こんなところにはいなかったかもしれない。これは本当にシアワセなことだなぁ」と、もう、それは何度も。あの『文春』のインタビューとその後のお誘いがなければ、こんなことにはならなかった。本当にシアワセモンですよ、私。
