

映画という世界に出会えたことが、自分の人生を決定づけているな、ということは、強く感じます。もともと好きで、見る側としても夢をもらいましたが、それを仕事にさせてもらえて、さらに仕事をすることによって、たくさんの出会いがあって、いろいろな経験をさせてもらっている。そういう意味では、僕の人生を大きく変えたものだと思います。映画そのものだけではなく、映画に携わっている監督さんたちから、スタッフなど、そのすべて。彼らとの出会いが、自分の人生にとっては、非常に大きいですよね。
そのうちのひとりに、3年前に肝不全で亡くなられた撮影監督の篠田昇さんという方がいらっしゃいます。僕は『リリイ・シュシュのすべて』とか『花とアリス』、そして遺作となった『世界の中心で、愛をさけぶ』でご一緒したのですが、もっとも信頼していた撮影監督でした。篠田さんの前だと、芝居がやりやすいんですよ。本当に自由になれた。
カメラを覗いて「じゃあ、行ってみるよ、大沢君」「あ、行ってみましょうか」なんて言って始まるのですが、篠田さんの前だと何でもできる感じ。たぶん、この人、僕のいいところも悪いところも、全部わかっているんだろうな、だから僕がわざわざ格好つけて、いい芝居しようとか思わなくてもいいや、っていう感じ。むしろ、感じることを、すごーく伸び伸び、何の規制もなく表現することが自分の魅力なんだな、ということを教えてくれた人ですね。口にはしないんですよ。雰囲気で。「そういう表現の仕方が、君には一番いいんだよ」ということを、無言のうちに教えてくれた人です。カメラの前って、どうしても器用に演技しようとしてしまいがちなんだけど、篠田さんのときは、一切それがなかった。
何を話すでもなかったんですよね。ただ、亡くなる少し前にね、突然珍しく「写真、一緒に撮ろうよ」って言われて、ツーショットを撮ったんですよ。肩組んで。そうしたら後日、それを引き伸ばして送ってきてくれて。亡くなってから、奥さんのところを訪ねたときに、「あまりそういうことってないんですけど、主人の部屋に行ったら、大沢さんとのツーショットを飾っていたんですよ」という話を聞かされたんです。もともと写真を飾ったりとか、なさらない方らしいんですけどね。なので奥さんも「何か思い入れがあったんだと思います」と言ってくださったんですよね。
彼は、最後の最後まで、映画に、カメラに思いを馳せていて、手を抜かずに仕事をした。具合が悪くなってからも、僕が訪ねれば、飲みにいってくれたりして、こんな後輩にもたくさん愛をくれた。最高の撮影監督だったので、その人が亡くなったというのは、やはり非常に大きな衝撃でした。
映画でも何でもそうだけど、仕事ってどんなに思っていても、肉体がなくなっちゃったらもうできないんだな、ということを、その人が亡くなったことによって、すごく感じたんです。「今年は休んで、来年ちょっと仕事して」なんてやっていた自分が恥ずかしくなってきた。あんなに仕事を愛して、映画を撮りたかった人ができなくなったのに、五体満足で生きている自分が、なんでこんなにふんぞり返っているんだろうって思ったんです。一回、ちょっと、とにかくできる限り飛ばしてみようと思って、ここ2〜3年は飛ばしてみた。そうしたら、すっかり疲れてしまって(笑)。飛ばすにしても限界だな、みたいな。それで今は、この春撮った作品を最後に、少し休憩しようとは思っているんですけどね。
それでも、篠田さんとの出会いと別れというのは、自分にとってすごく大きかった。今後も、たぶん、何か辛いこととかがあると、きっと彼のことを思い出していくのだと思います。
