

3月は映画公開に加え、舞台『紫式部ものがたり』の再演も重なりました。舞台は私にとって、神聖な場所です。いっぱいライトが当たって、みなさんよりちょっと高い舞台上にいて、切り取った人生をお見せする。本当に特別なことです。一生、憧れ続けるでしょうね。舞台に向き合うと、子どもみたいになるんです。役をいただいて演じているときだけではなく、観る立場になっても。私のDNAのなかに、舞台に惹かれる何かがあるんじゃないかと思ってしまいます。舞台女優だった、父方の祖母(故 女優・旭輝子さん)の影響かもしれません。
同じ演目でも、時間をあけて再演すると、それだけ深められます。前回演じて、しっくりした部分と、もっともっと生きている感じに見せられるんじゃないか、と思う点がありましたので、それを活かしたいですね。心機一転、まっさらな気持ちで臨んでいます。
舞台の場合、体調管理も大事なので、かなりストイックになります。身体もそうですが、声の大切さ、声の意味を、ミュージカルをやる過程でとても考えるようになりました。伝えたいことがあるから、口から台詞がこぼれてくる。先輩から、「喉の不調のせいで伝えたいことを伝えられなかったら、表現する人間として、本当に死んでしまいたくなるくらい、辛いことだ」と聞きました。すごく共感したし、喉を壊さないように、十分に気をつけなくてはいけないなと思います。
“演じる”ことは、神田沙也加という存在と切っても切れない関係だと思います。私にとっては、役名という新しい名前と新しい人生を生きるチャンスをもらうことでもありますから。違う人生に入り込むことで実生活とのバランスをとっている気もします。ですから、芝居によって救われています。
両親に対する葛藤があった時期もありました。どうしたらいいのか、答えなんかない。私の場合、時間が解決してくれるものでもなかったので……。受け入れることが必要だった。自分のすべてを他人に説明することは無理ですから。
自分を取り巻く環境を、「恵まれている」と思うか、「辛い」と思うかは、自分で選んでいいことだと思うんです。どちらを取るかは、自分次第ですよね。だったら、「恵まれている」と思ったほうが、少なくとも私は好きな私でいられます。そのほうが人にやさしくできるし、感謝できる。自分自身が生きていることを、認められるから。だから今は感謝しているし、恵まれていると思っています。
そう確信できるようになったのは、19歳くらいのときです。それまでは、まるで人のことを考えるみたいにわからなかったんです、自分のことが。
仕事をいったん休止したのも、今考えれば、必要なことでした。今、舞台という場所にいさせていただいて、緊張もあるけれど、喜びを得ている自分がいる。やっぱりあの時期がなかったら、今の自分はなかったと思います。
18歳、19歳と苦しんで、そのなかで掴んだのは、常に自分を客観的に、第三者的な目線で見る姿勢です。何か起きたときに、冷静でいられます。感情的になったら、見えなきゃいけないものが、見えなくなる。今まで、感情的になって後悔したときもありました。これからもきっと、あると思います。ただ、いざというときに冷静に判断できる自分でいたいという意思は、今はしっかり持っているつもりです。
