〜ショパンのデビューから遺作までを辿る旅〜
◆曲にショパンの感情を見る
東京、名古屋、大阪で、11月にショパンのピアノ独奏作品全曲演奏会「ル・ジュルナル・ドショパン――ショパンの音楽日記」を開催します。ゴールデンウィークに東京国際フォーラムを中心に丸の内エリアで繰り広げられる音楽の祭典、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」(「熱狂の日」音楽祭)では、大勢の観客の皆様がクラシック音楽を“発見”してくださいました。今度は「もっと遠く、もっと深いところまで行きましょう」とお誘いしたく、一人の作曲家に絞って作品を深く知るプロジェクトを考えました。そのためにはショパンは理想的な作曲家に思えました。ショパンは生涯を通して、ピアノ作品の中に日々の思いを込めて作曲しています。言いかえるとすべての曲の中に、彼の感動や感情の動きを感じることができます。
たとえばドイツ在住のポーランド人の少女に恋をした時はとてもかわいいワルツを作っているし、大好きだった妹が若くして亡くなった直後には、悲しいマズルカを書いています。ジョルジュ・サンドとの恋愛はとても情熱的だったので、その時期には強いインパクトのある曲を書いている。そして晩年の作品は、とても胸に迫るものがあります。自分の死を自覚した絶望が表われているからです。ですから7歳で作曲したポロネーズから死の床で書いたマズルカまで、ピアノ曲を全曲通して聞くことによってまるでドラマを見ているかのようにショパンの生涯がわかるはずです。
東京を例にあげると、編年でコンサートを組み立てて、4日間で14コンサートあります。名古屋では全曲演奏ではありませんが、1日で彼の人生をたどることができる構成になっています。普通、コンサートでショパンのピアノ曲を演奏する場合、いつも同じような選曲になりがちです。しかし今回のコンサートでは、小さな宝のような作品も散りばめているし、今までのショパン観が変わってしまうような作品も演奏されるようにプログラムしました。
◆ショパンのために演奏する6人
全曲演奏に際して、1人のピアニストが全曲を弾くという選択もありました。しかしそれでは単調になってしまう恐れがあります。そこで若くて大胆な世代である20歳〜25歳から2人、熟成する世代である30〜35歳から2人、賢さや人生に対する見方ができあがった50代・60代から2人と、3つのジェネレーションに属するピアニスト6人を選びました。一番若い世代は、フランス人のジャン=フレデリック・ヌーブルジェと、イスラエル人のイド・バル=シャイ。30〜35歳はショパン国際コンクールで最高位入賞したフィリップ・ジュジアーノと日本人の児玉桃さん、そして50・60代からはフランスを代表するピアニストのアンヌ・ケフェレックとレバノン人のアブデル・ラーマン・エル=バシャ。世代も国籍もいろいろですが、音楽に対して共通する感性を持っている人を選んだつもりです。ショパンを演奏する際、テンポ・ルバート(個々の音を長くしたり短くしたり自由に演奏すること)を多用し、極端に感傷的に演奏するピアニストもいます。ロマンティックすぎるほどに感情を込める人もいます。でも私は、“ショパンそのもの”を弾いてもらいたい。そういう点において共通した音楽観を持ち、加えてテクニック的に極めて卓越している6人を選びました。
ピアニストは元来、孤高の存在です。でもこのプロジェクトでは、1曲や2曲ごとに演奏者が変わります。これはピアニストにとっては、すごく大変なことです。観客は「この人がよかった」という見方をするかもしれないし、まるでコンペティションのようでもあるからです。しかし6人に共通しているのは、「私が1番」という考え方をしないこと。皆さん、ショパンのために演奏するという思いを共有しています。まるでコンサートそのものが演劇作品で、一人ずつ役者=ピアニストが登場してはショパンについて音楽で語る、といった感じでしょうか。きっとすばらしい結果になると思います。




経営管理学の高等教育を修めると同時に音楽(パーカッション、音楽史、記譜法、和声、電子音響音楽)を学び、ナント市に芸術研究制作センター(CREA)を創設。1979年より同センターの芸術監督をつとめ、ナント市とロワール地方で毎年、室内楽と宗教音楽を中心としたプログラムを紹介している。1981年より、ラ・ロック・ダンテロンで国際ピアノ・フェスティバルを開催。世界最大のピアノ・フェスティバルに成長させる。また、1988年には、キリスト教修道院としては西欧でも最大規模のロワイヤル・ド・フォントヴロー修道院の芸術監督に就任。1995年には、従来のクラシック・コンサートのイメージを揺るがす画期的なイベント、ラ・フォル・ジュルネ音楽祭を開催する。2005年の第11回のラ・フォル・ジュルネ音楽祭には、171,000人の音楽ファンが集った。2000年からはリスボン、2002年3月以降はビルバオでも開催。2005年からは、東京でも開催され、初年度にして32万人の入場者という、大盛況を収める。モーツァルトをテーマにした2年目には70万人の、国民楽派をテーマにした3年目には106万人の音楽ファンを集めた。クラシック界のカリスマ・プロデューサー。
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