

葛きりは、いま夏のデザートと限ったお菓子ではないが、やっぱり夏が一段とおいしい。二段重ねの漆器で運ばれてくると、絵柄が上になるように蓋を置き、まず、塗器を愛でる。こういうところが日本料理の真骨頂である。上の段には黒蜜が入っており、下の段には氷水に浸された葛きりが入っている。水に透き通った氷が浮かび、その下に乳白色の短冊に切った葛きりが潜んでいる。黒蜜、葛きりと一つひとつをまずは目で楽しむ。涼やかであると同時に風流がある「和」の楽しみ方である。
気温30度をこえて暑くなると、水分を身体が求める。きりりと冷えた大きなすいかに包丁を入れると、「パキッ」と亀裂が入る。半分に割ったすいかをスプーンで真ん中からくずしていき、ぶっかき氷を入れ、赤のポ−トワインを加えてポンチをつくる。
中華料理店のメニューに冷やし中華が加わると夏、しかしほんとにおいしいのは晴れ上がって気温が30度を超えてから。醤油味や坦々麺の冷やし中華もあるが、やっぱり“ごまだれ”で食べたい。酢は利いているが利きすぎず、こくはあるがすっきりしている好みの“ごまだれ”に出会うと無心無言で食べてしまう。
おいしい食材が極端に少なくなる盛夏。祇園囃子のチャンチィキが聞こえてくれば鱧。花火の音が響きだすと、枝豆、そうめん、それがすべて。
夏の北海道は湿度も低く、爽やかで、海のもの、山のもののどちらの食材も豊富だ。
土用といえば鰻である。この日に鰻を食べようとするとどの店も長蛇の列である。老舗の中には、土用には世間で鰻が売れすぎで、いいものが量入らないことを理由に店を閉めるところもある。それほど、客が集中する。鰻は1年中食べられるが、夏の暑さにへたり込んだ体にはスタミナが必要と感じるのだろう。
照りつける太陽、真っ青な空に入道雲、夏休みが待ち遠しい。指折り数えて予定を考える。で、夏には「ガスパッチョ」。スペイン南部、アンダルシアのトマトベースの冷たいスープ。
食事の最後の締めを何にするか、食べ進めなければわからない時もある。満足するためには、締めは大切である。
土塀伝いに歩いていくと、門に盛塩が置かれ、三和土(たたき)には水が撒かれていて涼しげである。塀からのぞいた竹がわずかな風に揺れている。格子の戸を開けると、藍色の麻の暖簾が迎えてくれる。中は燭台にろうそくが灯され、鉄扇が活けてある。日本料理店に来るたびに日本の風情はいいものだと思う。
「ボナセーラ!」店に入ると、数人の大きな声と笑顔で迎えられる。イタリア語は得手ではないが、つい「ボナセーラ!」と挨拶してしまう。午後7時半。テーブルに座ると満席だった。パスタ、魚のグリルなどが運ばれていく。隣のテーブルは、白ワインのボトルがさげられ、赤ワインに変わった。注文したものがイタリア語で厨房に知らされる。客の話し声と調理場の熱気が交差する。