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一期一会
岡田武史 マイスポーツライフ


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愛の5段階説

僕の人生、アップダウンがすごいんです。みんなからジェットコースターみたいだと言われるけれど、僕自身はそう思っていない。人間、オギャーと生まれたら必ず死ぬわけで、その間をいかに生きるか、でしょう。明日死ぬかもしれないし。先がずーっと決まっていたら、面白くないじゃない。
アップダウンが激しいのは、子どもの頃から。中学卒業する時、サッカーのプロになりたいからドイツに留学したい、高校には行かないと言って親を困らせて。当時のサンケイスポーツの運動部長が、この時代にそんな気概のある少年がいるのなら応援しようと思ってくれたらしいんですけど、会ってみたら、眼鏡かけたひょろっとした僕が来た。これはアカンと思ったらしく、「やめとけ」と説得されました。

岡田武史 イメージ 高校はとくにサッカーが強い学校ではなかったけど、ユース代表に選ばれました。でもサッカーで大学に行きたくなかったので、早稲田を受験して、ものの見事に落ちました。そうしたら政経学部の先生で、サッカー部の部長を務めてらした堀江教授から手紙が来たんです。「君は最低合格点の半分もいっていないから、1年勉強しても政経は無理だ。教育学科体育学部なら大丈夫だから、来年はそちらを受けなさい」と。なにクソと思ってね。必死で勉強して、早稲田の政経に合格しました。
大学でサッカーの同好会に入ったものの、浪人中に体重が10キロ増えて、最初はしごかれるばかり。「もうヤメたるわ」と思ったんですが、すぐに辞めたら弱虫だと思われる。それは悔しい。僕がチームに必要だと思われてから辞めようと考えて、メチャクチャ頑張ったら、居心地がよくなった。(笑)

学生結婚していたので、卒業したらサッカーを辞めて、マスコミに就職するつもりでした。ところがその年はユニバーシアードがあって、スケジュールの関係で1社しか受けられない。そうしたら、その放送局が僕を落とした。もしあの時、放送局に行っていたら、今頃プロデューサーになって、「は〜い、何々ちゃん」なんて言っていたかもしれない(笑)。
結局、古河電工のチームに入社が決まりましたが、卒業間際になって、試験点数が足りなくて留年だという。結局、堀江教授にご尽力いただいて、なんとか卒業にこぎつけたんです。
そんなわけで、何をやるにもスムーズにはいかない。予定通りにはいかないのが人生です。だからこそ、面白いとも思います。ありがたいことにダメだと思っても、必ず救いの手が差し伸べられる。それの繰り返しです、僕の人生は。

岡田武史さん 堀江先生からは、人生哲学を教えられました。先生はいつも、こうおっしゃっていた。「自分にとってサッカーは、なくてはならないものだけど、一番大切なものではない」と。僕はてっきり、一番大切なものは学問だと思っていたんですけれど、ある日、子どもにものすごく優しく接しているところを見て、ふと、「先生にとって一番大事なものは愛情ですか?」と言ったら、「そうだ」と。「自分は、人類愛のために学問もサッカーもやっている」とおっしゃった。僕もまだ若かったし、ものすごく衝撃を受けました。
それ以来、岡田の「愛の5段階説」が生まれたんです。「自己愛」「恋愛」「家族・友人愛」「人類愛」。そこまでで4段階ですが、その次に「地球愛」を考えた。今自分は、どのレベルで物事を考えて行動したり、判断したり、仕事をしているのか。自分のためだけを考えているのか。もう一人、彼女のこと、妻のことを考えて行動しているのか。僕もいつかは、人類愛のために生きている、行動している、仕事をしていると言える生き方をしたい……それが、僕の夢です。そういう根本的な考え方を示唆してくださったのは、堀江先生です。

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岡田武史(おかだたけし)
1956年大阪生まれ。早大政治経済学部卒。98年フランスW杯で日本代表監督を務めたのち、99-01年コンサドーレ札幌監督、03-06年横浜F・マリノス監督を歴任。現在は日本サッカー協会特任理事として環境プロジェクトに携わる


撮影: 稲垣純也(タイトル/インタビューカット)






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