
日本代表を退いた後、コンサドーレ札幌の監督を務めた後、2003年に横浜マリノスの監督になりました。その間、いろいろ失敗を繰り返しましたが、マリノスに行く頃ようやく初めて、「自分のベストを尽くしてダメだったらしょうがない」と、心から思えるようになりました。口で言うのは簡単だけど、本当にこの境地になるのは、並大抵じゃないんですよ。
マリノスに行った時、最初の記者会見で、「優勝を義務づけられたチームですが、プレッシャーはないですか?」と聞かれて、「まったくない」と答えました。「自信がおありですか?」「自信もない。ただオレは、自分のベストを尽くすと。それだけは自信がある」と。
勝負に絶対なんてありません。もしベストを尽くしてダメだったら、辞めようと思っていました。本気でそういう気持ちだったから、本当にプレッシャーはありませんでした。周りはみんな、心配してくれたけど、「アカンかったら、ごめん言ぅて辞めるわ。文句あるか」と言っていましたから。
しかしそれで完全に悟ったかというと、人間というのは不思議なもので、結果を出すとまた欲が出る。その繰り返しですね。ただ、その振幅は小さくなってきます。そういう意味で、僕にとって、監督をやったこの10年間に、劇的に人間が変わったと思いますよ。
監督として大事なのは、コミュニケーション。「おまえをちゃんと見ているよ」と、伝えなくてはいけない。選手はみんな、存在を認めてもらいたいんですよ。たとえばBチームの選手でも、体操している時に突然、歩いて行って、「おまえ、この前の練習の時、すごかったな」と言うと、ぱっと顔が輝きます。
選手同士も、自分たちの存在を認め合うことが大切です。30人男が集まったら、みんなが仲よしなんてありえない。どうもあいつは鬱陶しいなぁとか、苦手だとか、そういうのはあっていいんですよ。合わないけれど、こいつにパスしたら絶対点につながる、こいつ苦手だけど、あそこを守らせたら体をはって守るといったように、お互いを認め合うのがチームワークを高める上で一番大事です。
そのために監督としてできるのは場を作ること。企業のビジネス研修でよくやる手法ですが、グループワークと言って、4、5人でチームを作って、たとえば「高い木の塀を乗り越えるにはどうしたらいいか」といった課題をクリアさせる。合宿の合間に、そういうワークをやったりしました。
選手たちは監督にいろいろなことを言ってきます。僕の考えと違う場合、「僕はこう考えて、こういうサッカーをしようと思っている。おまえがやってくれたら、非常に嬉しい。能力もある。でもどうしても納得がいかないのなら、しょうがない。非常に残念だけど諦めるから、出ていってくれ。おまえが選んでくれ」と。
怒りも喧嘩もしない。ただそこで、肩を抱いて「頼むからやってくれ」とやると、自分で自分の首を絞める。そういう意味では、はたから見たら、非常に冷たく見えるかもしれません。
マリノスが優勝した翌年に、立役者の外国人選手をクビにしました。本当に鬼の所業をしてきましたが、チームが来年勝つために必要だと思うから決断しているのです。そういう時、私心がない自信はあります。
落とす時は、努めてドライに通告します。みんな頭にくるだろうけれど、後になってわかるんですよ。私心ではなくチームのためにやった決断だということが伝わります。今でも、カズとも普通に電話で話していますよ。
岡田武史(おかだたけし)
1956年大阪生まれ。早大政治経済学部卒。98年フランスW杯で日本代表監督を務めたのち、99-01年コンサドーレ札幌監督、03-06年横浜F・マリノス監督を歴任。現在は日本サッカー協会特任理事として環境プロジェクトに携わる
