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一期一会
岡田武史 マイスポーツライフ
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どん底のおかげ

いよいよWカップ出場が決まり、三浦知良選手を代表からはずすと、ブーイングの嵐でした。僕自身は合宿で日本を離れていたので日本の様子を直接見ることはありませんでしたが、家族はきつかったみたいですね。子どもも、相当辛い思いをしたようです。
カズのことは尊敬していたし、大好きだったけれど、日本代表チームを勝たせるために監督としてやるべきことは何だろうと考えた時、あの結論に達したわけです。もちろん、反対したコーチもいましたよ。でも、オレが決める、と。あの時は、さすがに苦しかったですね。

岡田武史さん1 僕はどんな時でも眠れますが、朝の4時くらいに目が覚めました。そこで「どうするんだ」ともう一度、自分に問いかけた。本当にチームのためだけを考えているのか。明日、死ぬとしたら、どうするか。そして、「子どもに対して誇れる生き方をしているのか」と考えていると、すっと心が晴れたんです。やはり落とすしかない。これでいいのだ、と。
あの頃は必死でした。監督として、弱みを見せられない。記者会見でも、どれだけボロカスに言われても、「このヤロウ」という気持ちで睨みかえしていた。だからいつもブスッとした表情で、目付きが悪かった(笑)。とにかく突っ張っていたので疲れましたね。

監督というのは会社で言うと、社長なんですね。副社長や専務ではない。コーチと監督の差は、コーチと選手の差より大きいと言われています。というのは、監督は、答えのわからないことを決断しなくてはいけない。たった一人で全責任を負って、コーチが全員反対しても、自分の信念にもとづいて決断しなくてはいけない。だから監督は、すごく孤独です。
決断を下すのは、怖いですよ、めちゃくちゃ怖い。決断の精度はひとつだけ。一切の私心を捨て、どれだけ素になって、開き直って、決断するか。とらわれを捨てて無の心になって、平常心で決断できるか。本当に素の状態でスッと下した決断は、だいたい当たります。ところが思い込みや捉われをもって決断した時は、失敗する場合が多いんです。
今回、素になれたからって、次もまた素になれるとは限らない。だから経験によって精度があがるわけではありませんね。

岡田武史さん2 僕だって人間だから、いい人だと思われたいし、人から好かれたいけれど、監督を「いい人」だという選手は、自分を使ってくれるから。全員にたいして「いい人」にはなれません。選手全員に愛情を持っていなくてはいけないけれど、情に流されてはダメなんですね。
監督になって一番変わったのは、それまで人からどう思われているかとか、人に好かれたいとか、そういう気持ちがあったのが、少なくなってきた。それとともに、僕は一度、どん底を見せてもらったので、非常にタフになった。
人間は氷河期や飢餓など、いろいろな危機を乗り越えてきた強い遺伝子を持っているけれど、のほほんとした生活をしていると、そのスイッチが入らない。本当にどん底のどうしようもない場面に来ると、ポンとスイッチが入る気がします。経営者でも、名経営者は、倒産、投獄、闘病、戦争を知っている人だとよく言われるけれど、それは、どん底を知っているからだと思います。
そういう意味で僕はありがたいことに、監督生活の最初に、本当に苦しいどん底を経験した。そのおかげで後は楽になりました。

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岡田武史(おかだたけし)
1956年大阪生まれ。早大政治経済学部卒。98年フランスW杯で日本代表監督を務めたのち、99-01年コンサドーレ札幌監督、03-06年横浜F・マリノス監督を歴任。現在は日本サッカー協会特任理事として環境プロジェクトに携わる


撮影: 稲垣純也(タイトル/インタビューカット)






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