
「考動」という言葉は大学の恩師がよく使っておられた言葉ですが、「行動し、考え、さらに前進する」と私なり解釈しています。私の場合とにかく閃いたことはすぐに行動しないといられないタイプなのです。思いついたらまず行動してしまって、その後から段取りや計算を行う、こんな人生をここまで送ってきたような気がします。
その閃きの行動で最も周囲を驚かせたのが、1年半前に東海大学から比較的近い場所である本厚木の駅の近くにイタリア料理の店「Lap Time」という名前でオープンしたことだったのではないでしょうか。このときはさすがにリスクやキャッシュフローを計算して慎重に事はすすめましたが、やると決めた以上は迷いは一切持たずオープンまで突っ走りました。
当初、家族も含め、周りのほぼすべての人が反対しましたが、「仕方ないんだよ、店を出すしかないんだ。」そう言うとみんな、「何が『仕方ない』なのか、さっぱりわからない」と言って呆れていました(笑)。
店を出そうと考えた理由としては、指導している選手が卒業後フリーターをやりながら競技を続けたいという選手が何人もいたので、それなら単純に私が雇おうと思ったのがきっかけでした。頂点を極めているトップアスリートは、スポンサーがつく場合もありますが、メダリストなどほんのわずかです。しかしフリーターをやりながら競技を続けるという生活スタイルはあまり勧めたくありませんでした。フリーターが悪いという意味ではありませんが、いつでも代理がきく仕事ではなく、しっかり一つの仕事に根をおろして、社会の中での責任を感じながらアスリートとして成長していってほしいと思ったのです。そこで「競技を続けたいのなら、私が働く場を作るから、そこでお客様を感動させなさい」ということになりました。
でなぜレストランかというと、「食」は人にとって大事だから。生きていることを実感します。共に生きることと共に食べることは、イコールだと思っています。
アスリートの店という特徴をつけるために、床にトラックのレーンをデザインしたラインを入れました。またコースターは、日の丸をイメージしてまん丸の赤。家具も食器は全部私が選び、ロゴも考えました。
高級店ではないけれど、サービスは一流を目指しています。たとえばホテルや旅館も、ただ寝泊りするだけだったら、どんなにボロでも安ければよかったりする。いいホテルや旅館に泊まりたいと思うのは、「もてなし」に感動するからですよね。レストランも同じです。私は「Lap Time」を、アスリートたちが「食」で感動を提供する場にしたいんです。もちろん、メニューにも味にもこだわりがあります。私も練習が終わった後、ほぼ毎晩、店に顔を出して、閉める時はスタッフと一緒に掃除します。
これらの仕事は決して楽なものではありません。選手たちも甘い道ではなかったと思っているでしょう。しかし、職業というものは自分が選ぶというよりは、実は職に選ばれるものではないかと思うのです。ですからきついからと言ってポンポン職場を変えるわけにはいかないのです。世の中には自分の人生を自分で選んで生きてきていると言う人が多いと思いますが、私は逆に社会から選ばれてきたものの方が多いように思っています。よくよく考えてみれば、自らの誕生が自体が本人の意思とは全く関係ないところから始まっているのですから。
学生たちに「自分の人生に選択肢はたくさんあるなんて思わないほうがいい、勉学に励むということは選択肢を狭くしていくことであって、もうこの道しかない!と思えることが大切だ。」といつも話をしています。そして、そう思ったらまず行動してみること。そして動きながら考えることが大切であると付け加えています。
ただし、ただやみくもに行動すればいいというものでもありません。失敗しないために必要な能力をしっかり鍛えていかなければミスを繰り返してしまう危険性があります。どのような能力を鍛えたらいいのかというと、感性・悟性・理性の3つの能力がまずは挙げられるのではないでしょうか。感性とは感とるということ、悟性とは知ること、そして理性とは考えることです。最近、デジタル1眼レフカメラを買いました。なぜかというと、忙しい毎日を送っていると、自分の感性を刺激する機会がどんどん少なくなってきたからです。その瞬間、その瞬間に自分の中で感じているものを表現したい気持ちが出てきました。合宿でも、選手の顔をアップで撮ったり、走っている足を撮ったりしています。
また、悟性を磨くために学会で発表される最新の学術理論に目をむけたり、電車移動の際には積極的に本を読むようにしています。そして、理性を磨くために日本全国に出向き講演会や講習会を実施し、いろいろな方たちを意見交換をしたりしながら共通感覚を磨くようにしています。
情報化社会ともいえる現代、知識だけがどんどん膨らんでいきます。就職も条件を検索して一番適した職場を選ぶ時代です。そんな現代にあって、忘れてはいけないことは感性や悟性そして理性を高めてまずは行動してみること。そして自分の行動を振り返り次の一歩、そしてまた一歩と前進し続けることではないでしょうか。
高野進(たかのすすむ)
1961年静岡県富士見市生まれ。陸上400m走にてロサンゼルス、ソウル、バルセロナと三回のオリンピックに出場。‘92バルセロナオリンピックでは60年ぶりに陸上短距離で決勝進出という偉業を成し遂げた。現在は東海大学体育学部教員と東海大学陸上競技部短距離コーチとして活躍中。大学ではスポーツ科学論等の授業を通じて、学生に走ることの奥深さ・素晴らしさを教えている。もう一方では、今までの経験と研究を活かし、独自の走理論とトレーニング方法を確立、愛弟子の末續慎吾らと世界最速を目指している。アスレティクス・ジャパン株式会社 代表取締役。日本陸上競技連盟 理事・強化委員長。日本スプリント学会会長。400m日本記録保持者 44秒78