
34歳から東海大学で短距離の指導をし、日本陸上競技連盟でも強化委員長をするようになりましたが、私はコーチではなく、あくまでアスリートだと思ってグランドに立っています。選手と共に走っている、という感覚です。
時折私は用意していた練習メニューをその場でパッと思いついて、「今、新しいイメージが湧いてきたから、用意していたものと切り替える」ということを平気でやります。現役時代の私は、自分で練習しているときに、予定では150m 2本走るつもりだったけれど、練習中、100m足す50mを2セットにしようかな、などと閃くと迷わず練習内容を変更していましたが、指導者になってもそれと同じ心理なのです。通常、指導者が思いつきであれこれ練習内容を変えるということは選手にとってあまり歓迎されることではないかもしれません、しかし世界陸上パリ大会で銅メダルを取った末續慎吾をはじめ、指導している50名ほどの選手たちは、私の閃きによくつきあってくれます。「先生は空から急に降ってきたときの練習内容が一番いいですね」といって。
また、技術的な閃きについても容赦なく選手たちに伝えます。数年前、東海大の陸上部がインカレで負けました。夜9時くらいになぜ負けたのか、私は走りながら考えていると、急に「この腕振りの感覚、いいな」と気がついたのです。選手たちは打ち上げをやっていたので、その会場に行って伝えると「この腕振り、すごい」と盛り上がりました。そこでOBの末續に電話して、「ちょっと面白い腕振りの感覚が見つかったから、話すよ」と言うと夜の11時過ぎに飛んできました。(笑)
2次会の会場で、末續と二人で絵を描きながら「これが駆動して、こうなってさぁ」と話しているうちに、「じゃあ、明日10時にグラウンドで確認しよう」ということになりました。このようにお互いに同じ方向を見て、信頼関係ができると、どんどん一緒に進化できるのです。
しかし初めて指導する立場になった時は、反発する選手もいました。5月からシーズンが始まるのに、いきなり4月に指導者が交代して私になって、今までのやり方を変えると提案すると、みんな戸惑いましたね。一冬ずっと頑張って、これが引退試合になるかもしれない4年生は、到底受け入れられなかったはずです。私は選手としては強かったけれど、指導者としてはどうなのか、みんなにとってはまだまだ未知数ですから、信頼関係を築けずにいた選手が当初かなりいました。
長年指導してきて最近感じていることは、伸びる選手は常に余裕を持っているということです。トレーニングの辛さや技術的な厳しさも楽しむ余裕を持っていて、練習や試合の時にテンぱってしまうことも滅多にありません。
まだまだ実力もキャリアも少ない選手は、自分のために決められたメニューをきちっとやることに縛られがちです。特に自信を持てない選手は自分の世界の中だけでやろうとするし、自分の殻を硬くしてしまう。殻を壊したら自分が崩れてしまうと不安に思う“弱さ”が邪魔する。そういう選手は、たとえ日本代表になったとしても短期間で消える場合が多いですね。
一方、「面白そうな練習ですね、僕も混ぜて下さいよ」というような大らかな選手は、伸びるし、息も長い。35歳で現役の朝原宣治選手なども、私が末續に出したメニューをたまに一緒に混ざってやっています(笑)。為末大もほかの人の練習に入ったり、何にでも興味を持ちます。あちこちに飛び込んでいきますよ。それが余裕なんでしょうね。そういう選手は、成績もついてきます。
私は、選手とはいつも「一期一会」だと思っています。昨日と今日では、選手も私も変化しているんです。昨日言ったことは、できるだけ実行しようとは思っているけれど、今日グランドで出会い直したら、新しいことを始める場合もある。だから私は選手たちに、約束はしません。ただ、同じ方向を目標に進みます。いつもそれを確認し、同じ価値観で進み続ける。それが大事だと思います。
高野進(たかのすすむ)
1961年静岡県富士見市生まれ。陸上400m走にてロサンゼルス、ソウル、バルセロナと三回のオリンピックに出場。‘92バルセロナオリンピックでは60年ぶりに陸上短距離で決勝進出という偉業を成し遂げた。現在は東海大学体育学部教員と東海大学陸上競技部短距離コーチとして活躍中。大学ではスポーツ科学論等の授業を通じて、学生に走ることの奥深さ・素晴らしさを教えている。もう一方では、今までの経験と研究を活かし、独自の走理論とトレーニング方法を確立、愛弟子の末續慎吾らと世界最速を目指している。アスレティクス・ジャパン株式会社 代表取締役。日本陸上競技連盟 理事・強化委員長。日本スプリント学会会長。400m日本記録保持者 44秒78
