
航海中は、自分と対話する時間がたくさんあります。それがヨットのいいところかな。自然の恩恵を受けながら、海をぼぉーっと見たり、自分と対峙(たいじ)できる時間がたっぷりあります。
現代人の生活は、あまりにも情報が多すぎますよね。その溢れる情報を「選択」する作業で精一杯で、イマジネーションを働かせる余裕がない。1日にどのくらい、想像に時間を使っていますか? 情報処理に忙しくて、ほとんどそういう時間を持てない人も多いですよね。自分を振り返る時間もないかもしれません。
大人だけではありません。僕が子どもだった頃は、今の子どもよりも暇でした。何をして遊ぼうか、なんか面白いことはないかと、いつも探していた。ところが今の子どもは情報が多すぎる。「何か調べてこいよ」と言っても、インターネットで調べてプリントアウトをしたものを持ってくるだけで、何の実体験もない。
でも僕は、24時間が「実体験」。刻一刻と変わる自然の中で、情報選択ではなく、「発想」する作業を繰り返しています。
そのために大事なのは、自分をゼロにすること。僕は航海中、座禅をします。座禅はわかりやすくいうと、コンピュータをリセットするようなものです。コンピュータがフリーズした時、すべてのプログラムを停止させると、CPが100%使えるようになるでしょう。
具体的な例に置き換えると、「勝ちたい」という気持ちを持っていると、すでにそのことで心の30%使ってしまうことになる。「死にたくない」で10%。そうやって常に40%使っている状態だと、何かことが起きたとき、60%しか使えない。そうではなく、自分の中心に心を置いて、何があっても100%で対処できるようにしておきたい。
今回のヨットは、マストの高さが28メートルあります。レース中は嵐の中、雨と波のしぶきで先が見えない状況もあります。高いマストに登らなければならない場合もあります。これは相当危険な作業で、命綱をつけて登っても、マストの上でパニックになって動けなくなってしまう可能性もある。そういう事態が起きたら、近くにいる船に救助してもらうしかありません。しかも救助まで2、3日かかるかもしれません。
単独レースの場合は、誰も手伝ってくれないので、とくに一つひとつの作業に命がかかっています。瞬時の判断力や、目の前の作業に対する集中力が、どれほど大切か。そのためには、余計なことを考えてはいけません。
ところが邪念が入ると、あるがままに見えなくなります。ガラスが汚れていると、向こうの景色が正確に見えないのと同じで、「勝ちたい」と思っていると、「勝ちたい」というフィルターを通した情報しか入ってこない。このほんのわずかな心の曇りが、命取りになります。だから邪念を取り払うために、僕は座禅をします。時間にしたら、15分くらいですよ。
皆さんも自分を消費してばかりいないで、1日に10分でも15分でもいいから、「情報」という電源を全部切って、自分を充電する時間を持つと何かが変わってくると思います。物事がクリアーに見えてきますよ。
「物事を判断するには頭を使わない。良心に従うことが大切だ」というのも、ヨットを続ける中で学んだこと。頭を使うと、人間は損得を弾き始める。決断に頭なんか使っちゃダメです。心で判断し、腹で決める。すると、ぶれません。たとえうまくいかなかったとしても、人のせいにしなくなるし、納得できます。
白石康次郎(しらいし こうじろう)
1967年、東京都生まれ。神奈川県立三崎水産高等学校専攻科卒業。86年、第1回単独世界一周レース(Bocレース)優勝の故・多田雄幸氏に弟子入りする。94年「スピリット オブ ユーコー」号で世界最年少単独無寄航世界一周を26歳で達成する。2001年帆船「海星」で若者を対象にしたセールトレーニングを行う。03年「アラウンド アローン」クラスUで4位。06年10月、単独世界一周ヨットレース「5oceans」クラスTに日本人初挑戦し、07年4月末、2位でゴールした。著書に『アラウンド アローン』『人生で大切なことは海の上で学んだ』など
