
全日本チームのキャプテンに任命されたのは、2005年です。やはり年を重ねるごとに、役割も変わってきました。若い時は勢いにまかせて、思うままにやってしまいがちです。自分がコートで結果を出すだけで、満足だったりします。バレーボールは団体競技ですし、ポジション的にも、今は自分のことをセーブしてでも、みんなのことを考えなくてはいけないと思っています。
一番考えるのは、人と人をどのようにつなごうかという点ですね。やっぱり人間なので、普段のつながりを大事にしないと、コートで水漏れができます。性格も個性も違う人たちが集まる中で、一つのボールが空中で展開している競技ですから、人とのつながりが微妙に作用します。いい結果を出すには、テクニックだけではダメですね。
この状態だと、こういう声のかけ方をしたほうがいいとか、逆にこの子は放っておくほうが力を発揮するといった具合に、人によって対応の仕方も変わります。細かい点まで、気を配る立場ですね。
一度引退したことが、今のポジションでとても役に立っています。引退前は、自分の視点だけで物事を考えていたのが、今は「こういう考え方もある」と、広い視野で答えを導けます。やめる前と復帰後ではトスが変わったとか言われますが、精神的な変化がチームにいい方向で反映されたらいいなと思います。
今年のナショナル・チームは年齢の幅が広く、20歳から35歳まで。私は29歳で、真ん中よりちょっと上。去年は私が一番上でしたが、30代のベテランの方たちが戻ってきて、私も勉強になることがいっぱいあるし、精神的な面でも力になってもらえるので楽しみです。
思えば24歳で挫折した時の親の予感は、当たったわけです。この子はまた、バレーボールに戻ってくるに違いないって。家族はシドニーオリンピックの予選にも、応援に来てくれましたし、引退までの2年間は、私と同じように苦しんでいました。それだけにアテネオリンピックが決まった時は、心から喜んでくれて、私と一緒に闘ってくれるんだなと感じました。家族をはじめ多くの人たちに支えられて、ここまで来られたんですね。
高校の時によく言われていたのは、「バレーを通じて人間を作りなさい」と。バレーボールだけができる人間ではなく、スポーツを通して、人として恥ずかしくない人間になるように、と。本当にそのおりだと思います。
スポーツを通して、精神力や人に対する思いやりも勉強するし、苦しくつらいことも、喜びも経験します。そういう意味では、日々学ぶことが多くて大変。それをプラスにできるかできないのかは、自分次第ですね。
勝ち負けの世界ですから、どうしても勝負がクローズアップされますが、私にとっては、本当に人生の勉強をさせてもらっています。濃い人生だと思いますよ。バレーを通して、プレーヤーとして成長するのはもちろんですが、人間としてもっと大きく成長していきたいですね。
竹下佳江(たけしたよしえ)
1978年、福岡県北九州市生まれ。セッターとして、全日本女子バレーボール代表の主将であり司令塔。2004年アテネ五輪で5位入賞を果たす。勝負どころの嗅覚の鋭さ、素早くボールの下へ入り込み、意のままに高速トスをさばくスピードは世界中で驚愕。2004年、プロ宣言し、現役日本女子唯一の「プロバレーボール選手」として、JTマーヴェラスを牽引
