

競技者としてスキーをやっていた頃、皆さんの応援にはとても励まされました。見ず知らずの方からも、たくさん手紙をいただきました。
なかには、病気で入院しているとか、仕事がうまくいかないとか、ご自分のことを書く方もいます。苦しい状況にある人たちが、いろいろな思いでご自身と“荻原健司”を重ねて、そこから勇気を得ている事実を知って、僕が社会で何かの役に立っているかもしれない、と感じることができました。初めての感覚です。そのときですね、本当にスポーツ選手でよかったと思ったのは。社会人の1人として、人を元気づけたり、勇気づけたりできるかもしれない、と思いました。
実は10代の頃、「スポーツばかりやっていて将来どうなるんだろう」と悩んでいた時期もあります。いつか必ず、選手をやめなくてはいけない時期がくる。そのとき、社会人として何ができるのかが、見えてこなかったんです。
子どもの頃、両親や祖父母、学校の先生に、「将来、社会の役に立つ人間になるように」と言われました。でも、はたして僕がやっているスキーが、社会のためになんの役に立つのだろうか。スポーツで社会に貢献できるとは、思えませんでした。それだけに、皆さんからの手紙は嬉しかったですね。
金メダルをとってからは、ただ単に「好きだから」とか、「自分のために」ということではなく「僕を応援してくれる、会ったことも会話もしたこともない日本中の多くの人たちの思いを忘れないでいよう」と思うようになりました。
本当に大勢の方々に励まされて、思う存分選手活動をやったので、やめたら僕が何かお返しできるような仕事につきたい。引退直後から、そう思っていました。でもそれまで社会を知らない分、「こういう仕事につこう」という明確なビジョンは、なかなか描けなかったのも事実です。
ただ、引退前からひとつ心に決めていたのは、依頼された講演はすべて引き受けること。選手時代に講演の依頼をたくさんいただきましたが、話している時間があればトレーニングをしたかったので、すべてお断りしてきました。そのお詫びの気持ちもこめて、引退後の2年間は、日本中あちこちに行きました。
荻原健司(おぎわらけんじ)
群馬県草津生まれ。ノルディック複合の選手として長年に渡り世界のトップアスリートとして活躍、オリンピック団体戦で2大会連続金メダル獲得、ワールドカップ個人総合3連覇などを含め通算19勝という前人未到の成績を収めた後、2002年に競技生活を引退。スキースポーツの持つ素晴らしさ、感動を知ってもらいたいという熱い想いから、引退後は子どもたちにスキーの楽しさを教えたいとボランティア活動などを積極的に行う。2004年7月、参議院議員選挙 全国比例代表区で初当選。スポーツ振興や教育問題、環境問題を中心に活躍中
