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記憶に残るスケーターになりたい 3

やっぱりスケートが好き

私のスケート人生は、決して平坦な道ではありませんでした。スポーツ選手はみんな、そうだと思います。とんとん拍子に行く人がいたら、会ってみたい(笑)。 ものすごく落ち込んだこともありますし、選んでもらえず、試合に出られない時期もありました。

中野友加里さん1 2004年〜2005年のシーズンは、成績が思うように出なくて。とくに2005年の四大陸選手権では、すごく結果が悪かった。 もう今以上には行けないんじゃないか、このままやっていても意味があるのかな、と悩み始めて……。 自分にとってスケートが何なのかが、わからなくなってしまいました。

スランプと反抗期が重なり、母とも衝突するようになりました。母とは共に時間を過ごしていたので、喧嘩も頻繁にするようになってしまったんです。 スケートを辞めると言ったこともあります。母からは、「辞めたいんだったら、辞めなさい」と、突き放されました。 「本当に辞めたら、自分が一番やりたいことは何かが、わかるはず。もう一回、自分と向きあってみなさい」と。 それで、気晴らしにショッピングとか、いろいろなことをやってみようと思って。

結果的にだんだん足が寂しくなって「やっぱり私はスケートが好き!」と思ったんですね。

中野友加里さん2 その次のシーズン、ゼロからスタートすることにしたんです。一回、気持ちをリセットして、すべて基本に戻って先生から教えていただくことにしました。 練習量も、それまで以上に増やしました。もう、足が動かなくなるまで滑りました。それが、今の結果につながったんだと思います。

人間は、ずっと一定ではなくて、波があるものですよね。でも波があるからこそ、動機づけられるんだと思います。 大学の卒論も、スポーツ選手の動機付けをテーマにしました。

モチベーションを維持するために必要なのは、目標を立てること。目先の試合なのか、シーズンの最終目的なのか、とにかく目標を立てて、 そこに向かって練習をしていく。どんな小さな目標でも達成できた喜びが、またがんばろうというエネルギーになっていきます。




中野友加里(なかの ゆかり)
1985年、愛知県生まれ。日本を代表する女子フィギュアスケート選手。6歳でフィギュアスケートを始め、ジュニア時代から世界ジュニア選手権2位など、華々しい成績を残している。02年、シニアに移行し初の全日本予選で、伊藤みどり以来10年ぶり・史上3人目となる公式戦でのトリプルアクセル(3回転半)に成功。ドーナツスピンの美しさにも定評がある。
05年、NHK杯でGPシリーズ初制覇。06年、四大陸選手権2位、同年初出場の世界選手権にて5位と健闘。実力者として頭角を現し、世界的スケーターとなったことから『シンデレラガール』と称されるようになった。07年、冬季アジア大会優勝。全日本選手権にて3位を獲得し、08年3月世界選手権では今季自己ベストの演技で4位と健闘した。今後も活躍が期待される。


Photographs by 稲垣純也(タイトル/インタビューカット)




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