
人の目を見て滑る
私がフィギュアスケートを始めて、もっと上に行きたいという欲が本当に出たのは、ごく最近です。オリンピックが視野に入ってからなんです。
もちろんそれまでも、少しでも上位にいくことを考えて練習していました。次から次へと試合があったので、目の前の試合だけを考えて滑っていました。
でもオリンピックと世界選手権は、やはり重さが違います。4年に1度しか開催されないし、誰もが出られるものではありません。
オリンピックだけがすべてではないとは思いますが、選手なら目標に掲げると思いますし、夢だと思います。
私もトリノオリンピックの代表選考シーズンには、それまでにないくらい滑りました。オリンピックに出たいという思いが、ものすごく強くなったんです。「私は貪欲だな」と実感しました。
フィギアスケートは、近年、難易度の高い技が、どんどん増えていきます。それに対処するには、やっぱり練習量しかありません。表現力も重要なポイントです。コーチからは、
「人の目を見て、人と会話をしながら滑りなさい」と言われます。自分の中で演じるのではなく、“人に魅せる”ことを意識して滑りなさいと。表現力をつけるためには、
氷の上での練習以外に、クラシックバレエやダンスなども必要になってきます。体力をつけるためには、トレーニングもしなくてはいけません。やらなくてはいけないことが、山ほどあります。
音楽は、「こういうものを使いたい」という私の希望と、振り付けの方からの「こういう曲が友加里に合うんじゃない」という提案を照らし合わせながら選びます。
曲と振り付けによってイメージがまったく違うので、演じわけるのが大変です。
あんなに広い会場を独り占めできる競技はないので、それはとても嬉しい部分です。お客さんの目が、あらゆる角度から集中します。
どの角度から見ても美しくなくてはいけないのですが、特に難しいと言われているのが、背中です。どうしても前を意識しがちですから。
去年まで、衣装は母が縫ってくれていました。細かく相談はしませんが、文句は言います(笑)。「もっと軽く」とか、「もっと細く見えるように」とか(笑)。
反抗期には母と一緒にいたくない時期もありました。でも今は、どれだけ母に支えられてきたかがわかっているので、何でも相談しています。
母は私にとって、精神安定剤のようなものですね。だからすべての試合に、来てもらいます。
コーチはよく、「フィギアスケートはもっとも過酷なスポーツだ」と言います。肉体的にとてもきつくて、ものすごくエネルギーを消耗します。
試合が終わると、立てないんじゃないかなと思うくらい。でもどれだけ苦しくても、必死で滑っていても、優雅に華やかに見せなくてはいけないんです。つらい顔をして滑る選手は、いません。
でも実際は、すごくつらいんですよ。そこが、難しいです。
試合で何が一番怖いかといえば、プレッシャーに負けること。「ライバルは誰ですか?」と問われると、「自分です」と答えるスポーツ選手がたくさんいます。そのとおりだと思います。
試合になったら、自分を信じるしかない。でもプレッシャーは経験を積んだからといって、克服できるわけではありません。私はいつも一人で舞い上がって、怒られます(笑)。
大事なのは、いいプレッシャーを持って臨むことですね。あとは集中力がキーになると思います。ジャンプで失敗して転んだとき、いかに冷静になるかがポイントです。
冷静さを失ったら、うまくいきません。でも動揺を引きずらないというのは大変なことなんです。
本当に大変な競技ですが、滑り終えたときに、「あぁ、スケートをやっていてよかったな」と思う瞬間があります。それが、スケートを続けているエネルギーになるんじゃないかなと思っています。

中野友加里(なかの ゆかり)
1985年、愛知県生まれ。日本を代表する女子フィギュアスケート選手。6歳でフィギュアスケートを始め、ジュニア時代から世界ジュニア選手権2位など、華々しい成績を残している。02年、シニアに移行し初の全日本予選で、伊藤みどり以来10年ぶり・史上3人目となる公式戦でのトリプルアクセル(3回転半)に成功。ドーナツスピンの美しさにも定評がある。
05年、NHK杯でGPシリーズ初制覇。06年、四大陸選手権2位、同年初出場の世界選手権にて5位と健闘。実力者として頭角を現し、世界的スケーターとなったことから『シンデレラガール』と称されるようになった。07年、冬季アジア大会優勝。全日本選手権にて3位を獲得し、08年3月世界選手権では今季自己ベストの演技で4位と健闘した。今後も活躍が期待される。







