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矢のごとく 4

集中力の勝負

ヨーロッパでMoto GPの人気があがってきていることもあって、バックアップする一般企業も増えています。小さい子どものためのスクールを支援し、そこから出てくる選手も多くて、 手ごわいですね。英才教育を受けていますから。もちろん日本のバイクメーカーも、いろいろやっています。世界中でニッポンのバイクが走っているわけですから。 でもバイクメーカー以外の一般企業に目を向けてもらうためには、僕らがもっと成績を出さないといけませんね。優勝争いをする選手が日本から何人も出てくると、状況も変わるでしょう。

中野真矢さん1 Moto GPの日本での認知度は、まだまだ高いとは言えません。でも最近は女性ファンも増えてきたし、確実に変わっていると思います。 一方で最近、全日本選手権への関心がちょっと落ち込んでいます。最近の若い選手は、いきなり海外に行くのが原因でしょう。それも寂しいですね。 国内のレースも盛り上がらないと、長い目で見たときに、モータースポーツが広がらないと思います。

僕もモータースポーツに貢献したいと考えています。その一環として年に1度、僕がオーガナイズし、冠スポンサーという形で、ポケットバイクのレースを行っています。 子どもの頃にポケットバイクを始め、速く走る先輩たちに憧れて、僕もここまできたわけですから、何か子どもに向けてしたいんです。 けっこう盛り上がって、毎年100台くらいのエントリーがあります。

中野真矢さん2 昨年は思ったような成績が出なくて残念でした。一昨年は2位まで行ったので、昨年こそはと思ったのですが……。チームも自分も全力を尽くしたけれど、 ハード面とうまく歯車がかみ合いませんでした。だんだん自分の調子も悪くなり、シーズン中盤になると、調整がつかなくなってしまったんです。 二輪なので、バランスがちょっとでも狂うと、自信が落ちていってしまいます。いかに何も心配もなく攻めていけるか。そこがすごく重要です。

自分のなかでスポーツ選手として、モチべーションをどう保つか。そのために、環境を変えて新しい可能性に賭けたいと思うこともあります。 みんなが納得した上で移籍したいですからね。チームや所属メーカーを変わるのは、サラリーマンが会社を替わるようなもの。 日本人には義理人情があるし、育ててもらったという恩義も感じるので、勇気もいりますね。

中野真矢さん3 日本人の苦手なところかもしれませんね。外国の選手は、移籍に関してはすごくドライです。僕は、外国人のようにはできないけれど、 海外でいろいろな選手を見るなかで影響された面もあると思います。同じところにずっといることで、もし不満を溜めたとしたら、本人にとってもチームにとってもいいことはありません。

今年はイタリアのチームに行くことにしました。そのチームのタイヤはブリジストンです。はきなれたタイヤに戻れるのは楽しみです。 昨年末にテストに行ってきたけれど、すごくフィーリングがよかった。本拠地もフランスからイタリアに移り、アドリア海沿岸の町に住むことになりそうです。新天地でスタートです。



中野真矢さん プレゼント

中野真矢(なかの しんや)
1977年、東京都生まれ。MotoGPで活躍するモーターサイクルロードレースライダー。 5歳でポケットバイクに乗り、17歳でSP忠男レーシングチーム入る。同年、鈴鹿4時間耐久レースで優勝。97年ヤマハに入り、翌年、全日本ロードレース選手権GP250チャンピオン。99年、ロードレース世界選手権(WGP)参戦を皮切りに01年500cc、02年から最高峰MotoGPクラスで活躍する。甘いマスクで、ニックネームは「王子」。 2008年よりグレイシーニ・ホンダに移籍し、新天地での活躍が期待されている。また、07年12月には結婚し、よりいっそう厚いサポートのもと表彰台を狙う。
中野真矢 オフィシャルサイト


Photographs by 稲垣純也(タイトル/インタビューカット)




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