
プロであることの喜びと苦しみ
基本的にレースは、「より速く走る」「勝つ」という明確な目標があります。レースで勝つためには、何が必要かというと、半分は持って生まれた才能と感覚だと思います。
レースに限らず、なんでもそうでしょう。料理も、どうやっても下手な人もいるけれど、最初からなんとなく上手にできる人もいます。
適性と言ってもいいかもしれません。残りの半分は、徹底的な努力と、頭を使ってどうすればいいのかを考えることです。
レースは、一見個人競技のようですが、実は団体競技です。走っているのは僕一人ですけど、メカニックが何人もいて、チームスタッフも何人もいる。
スポンサー関連の人もいれると、50人〜100人でチームが成り立っています。そのグループをうまく機能させるために大事なのはコミュニケーションです。
それは20代後半になるまで、気づかなかったことでした。
それまでは、自分さえ頑張ればなんとかなると思っていました。でも、僕の力だけでは、勝つことができない。
たとえばメカニックの誰か一人がほんのわずか失敗したら、レースは勝てない。同じ目標に向かって、それぞれのチームメンバーが、
持っている力を最大に出し切ることが何より重要なんです。それがわかったのは、大人になった、ということでしょうね。
コミュニケーションがうまくとれると、チームのメンバーや協力してくれる人たちが、より前向きに仕事をしてくれます。わずかな違いのようですが、
その違いは実はすごく大きいんですよ。結果も違ってきます。そのことに気づく前は、僕だけが大変な思いをしているという意識だったからストレスばかり増えていました。
それが、みんなに頑張ってもらい、僕がみんなに頼れると、楽になる部分も出てきて可能性も広がります。
まわりの人たちのことを考えられるようになり、確かにやりやすくなりました。ただ僕自身、いろいろなことを感じ取りやすいほうなので、
10人いたら10人の気持ちをなんとなく察してしまう。大人になったらなったで、気を遣うという“仕事”が増えてしまった(笑)。
でも、面白いですね。それまでは車だけを相手にしてきたけれど、人のことを考えるようになると、違う面白さがあります。
グループにリーダーがいないときは、僕が率先して、そういう存在になっていかないといけません。リーダーに必要なのは、絶対的な力と強さ。
もっとも僕は走るのがメインなので、決してリーダーになりたいわけじゃないんですよ。
僕はどちらかというと、安全な範囲で、きれいに走るほうなので、危険については、あまり気にしません。
最高瞬間速度は310キロくらいのレースの最中は、他の車との相対速度ですから、それほどスピードを意識はしないんです。
最近のマシーンはコンピュータとつながっているので、常に情報を冷静に判断しなくてはいけない。走行データもコンピュータですから、その分析ができないと結果が出せません。
感性だけではやっていられないんです。クールな部分がないと、今の時代は通用しないでしょうね。
順位と結果しかない世界で生きていくためには、精神の安定や、自分を信じる力も必要です。もちろん、プレッシャーもあります。
僕を応援してくれている人たちは、誰よりも速く走ると信じているし、失敗せずにいい成績を出せると思って見ているわけです。
人間、失敗しないと思われているほど、つらいものはないですよ。(笑)
最初に優勝したときは、まわりの反応も大きいし、自分もそこを目指してきたわけですからものすごく嬉しい。
問題は、その後です。1番をキープするのは、どれほど大変かということです。1度1番になってしまうと、それが基準になってしまいます。
勝っても当たり前だと思われる。1番になっても、ほっとするくらいで、大きな喜びは感じないですね。むしろ、苦しみのほうが増えていきます。
好きで始めたことなのに、仕事になった時点で、義務になってしまいます。勝つことさえ、義務になるわけですから。
たまに誘われてラジコンのレースをやると、緊張して手が震えます。そういうとき、ただ“好き”という気持ちだけで走っていた、純粋だった頃を思い出します。
そして、「最近、楽しめてないな」と気づくんですよ。でも僕には、力が続く限り走り続ける責任がある。それが、“プロ”だと思います。

本山哲(もとやま さとし)
1971年、東京都生まれ。両親がレーシングカートのサーキット場、サーキット秋ヶ瀬を経営していたことから、幼少時よりポケバイやレーシングカートに親しみ育つ。1984年、13歳でSLカート全国大会・Aクラスで初優勝。高校卒業後カーレーサーの道へ進み、1998年、2001年、2003年、2005年の全日本選手権フォーミュラー・ニッポンおよび、2003年、2004年の全日本GT選手権・GT500クラスで優勝。名実ともに「日本一速い男」の称号を獲得する。今後も活躍が期待される。
本山哲 オフィシャルサイト






