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疾走する魂 2

叶わなかったF1への道

本山哲さん2 19歳のとき、自動車レースの世界から声がかかりました。18歳で普通免許を取得し、買ったのはオートマ車(笑)。 カートはギアがないし、ギアつきの車には乗ったことがなかったので、慌ててギアつきの小さな車を買いました。(笑)

車のスピードへの恐怖は、最初からまったくなかったですね。それより、当時のレース環境というか、独特の縦社会に馴染めませんでした。

今はどんなスポーツでも、若手を育てようという空気がありますが、その頃は若い人間は優遇されなかった。特にレースの世界はそうでした。 僕の場合、カートでかなり経験があるので、レース用の車に乗っても最初からある程度走れます。3回チャンピオンになったという自信もある。 でも、まわりはそれを認めようとはしないんですよ。19歳の僕が、「車がこういうふうに調子悪い」とか「エンジンがどうだ」と言っても、「何言ってるんだ!」と、 聞いてもらえない。この生意気な若造が、という感じなんです。そういう社会でやっていく状況がしんどかった。 請われてそのチームに入ったのに、なんで怒られたり、邪険に扱われなきゃいけないのか、とも思いました。 僕も突っ張っていたんでしょうね。必要以上に頭を下げたりはしませんでした。

本山哲さん2 F3という最初のカテゴリーは、普通、それなりに力があれば2、3年で卒業できます。ところが僕は6年もかかった。 ひとつには、レースのシステムをどう捉えたらいいのかわからなかったからです。

こんなこともありました。「1レース200万円」と言われたので、そんなにもらえるのかと思って「ありがとうございます」と言ったら、 話しているうちに僕に200万円払え、と言っているのに気づいたんです。

車のレースは、チームにお金を持ち込んで走る。それが当時のレース世界の常識だったらしいんですけど、僕は納得がいかなかった。 「うちの会社に来てくれ」とお願いされて、なんでこちらが払わなくてはいけないんだって。

話の途中で、テーブル叩いて帰ってきたこともあります。もちろん相手も怒っていたようですけどね。 失礼な若造だって。そんなわけで、なかなかいいチームで走れなかった。いいチームで走らないと、結局、成績も出ないんですよ。当時はすごく、ジレンマがありました。

本山哲さん3 自分でスポンサーを見つけて、お金を持っていいチームに入れば、やっぱりいい成績が出る。今考えれば、そういう方法をとっていれば、 もっと早くステップアップできたかなとも思います。でも僕は、納得がいかないことはできない性分だから、遠回りしたかもしれないけれど、悪かったとは思っていません。

フォーミュラ・ニッポンに出たのは96年からです。3年目でチャンピオンになりました。実は16歳ですでに確信していたんです。自分は速くなれるって。 なぜ確信を持っていたのか、言葉にするのは難しいのですが、いつか必ずなれると信じていました。その確信が現実のものとなり、まわりからも認めてもらえ、大きな満足感も得ました。

当然、次は海外で、と思いました。実際、98年から2000年にかけて毎年F1の話は来ていましたが、当時で2億、3億のお金を持っていくことが必要だった。 毎年、交渉もしましたが、なかなか話がまとまらなくて。いろいろな人が近づいてきて、収集つかなくなってしまったんです。(笑)

今考えれば、なんとかしてお金を作ればよかったのかもしれませんが、そのときの選択に後悔はしていません。時代とタイミングには逆らえませんから。 その結果、今の自分が不幸かと言えば、決してそうではない。だったら、行かなかったことも、もしかしたらよかったのかもしれませんから。
何が正解で、何が不正解かは、なかなか決められるものではないんですね。いつをゴールとするかも難しい。今なのか、5年後なのか、死ぬときなのか。 これから先、まだまだ人生がある、そう考えたとき、F1に1回行くか行かないかは、たいしたことじゃないとも思います。


本山哲(もとやま さとし)
1971年、東京都生まれ。両親がレーシングカートのサーキット場、サーキット秋ヶ瀬を経営していたことから、幼少時よりポケバイやレーシングカートに親しみ育つ。1984年、13歳でSLカート全国大会・Aクラスで初優勝。高校卒業後カーレーサーの道へ進み、1998年、2001年、2003年、2005年の全日本選手権フォーミュラー・ニッポンおよび、2003年、2004年の全日本GT選手権・GT500クラスで優勝。名実ともに「日本一速い男」の称号を獲得する。今後も活躍が期待される。
本山哲 オフィシャルサイト





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