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一期一会
有森裕子 マイスポーツライフ
VOL.4 有森裕子

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ラストランからの出発 4 新しい「有森裕子」のスタート


ストランを終えて数日が過ぎ、開放感を感じました。走る場所も、ぺースも、なんでもいい。どんな格好をしても、どんなタイムでもいい――引退すると、こんなに世界が変わるのかと新鮮な気分です



新鮮な思いで、一歩、一歩
有森裕子さん ゴール付近

今、思い返すと、プロランナーというのは、割りにあわない仕事です(笑)。マラソンランナーは9割がトレーニング。さんざん頑張っても、年にたった1本くらいしかレースに出られないし、もし故障をすれば何年かに1本になります。そこまではお金も時間も使うばかりなのに、その1本を失敗すると終わりです。仕事としては効率悪いですね(笑)。その点が、野球やサッカーのように回数がある競技とは条件が違います。でも私は、あまりいい結果がでないレースでも、そんなに落ち込みませんでした。悪いときもあれば、いいときもあるだろうと受け止めていましたから。


競技者は、少しでも故障すると、一刻も早く治さなくてはいけません。東京マラソンで転倒したときの傷がまだ痛みますが、引退した今は、別に急いで治す必要はないんです。治ればいいし、「いつでもいい」と思えるので気が楽です。


有森裕子さん 握手現役時代の私にとって、走ることは仕事でした。どんな仕事でも同じだと思いますが、仕事となればつらい面もあるし、楽しめない場合が多いですよね。もちろん喜びもあります。私にとっては、いい結果が出た満足や達成したときの楽しさがありました。でも結果も出ないのに、「楽しかったですよ」とは言えません。今はよく歩きます。仕事から離れてのウォーキングは、純粋に楽しいですね。景色を見る余裕があります。歩くのが大好きで、「歩いていいよ」と言われたら、ずっと歩いています(笑)。つい、スピードが出てしまいますが。(笑)


歩く速度で見えるもの

普段は、1時間半くらいのウォーキングを楽しんでいます。この前は、浜松町から新宿まで、ふらっと歩きました。一歩、一歩、歩いていると、普段は通り過ぎるものが目に止まるし、思わぬ発見があります。こんなものがあるんだと思わず足を止めたり、説明の立て札を読んだり――歩きながら、一つひとつ見てしまいます。歩く早さのなかで見える世界は面白いですね。 有森裕子 インタビュー

ラストランを終えて数日が過ぎ、開放感を感じました。今後、走ってみようと思ったとき、記録につながるとか、競技につながると一切考えなくていいという自由です。走る場所も、ぺースも、なんでもいい。どんな格好をしても、どんなタイムでもいい――引退すると、こんなに世界が変わるのかと新鮮な気分です。

走ることの意味も変わってくると思います。ちょっと走って、「あぁ、気持ちがいい。これでやめよう」でいいんですから(笑)。楽しいでしょうね。これからは、新しい地平が見えてくるかもしれません。新しい「有森裕子」のスタートです。

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PHOTO : Daiju kitamura / AFLO SPORT
(有森裕子ゴール / スタート集団)
TEXT by Yuri Shinoto

有森裕子(ありもりゆうこ)
1966年、岡山県生まれ。就実高校、日本体育大学卒業後、株式会社リクルート入社。バルセロナオリンピックの女子マラソンでは銀メダル、アトランタオリンピックでは銅メダルを獲得。NPO「ハート・オブ・ゴールド」設立、代表就任。国連人口基金親善大使就任。2002年4月、株式会社ライツ設立、取締役就任。日本陸連女性委員会特別委員。国際陸連女性委員。現在、米国コロラド州ボルダー在住






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