Web Magazine TOP > マイ・スポーツライフ
一期一会
有森裕子 マイスポーツライフ
VOL.1 有森裕子

| 1 | 2 | 3 | 4 |

ラストランからの出発 1 「アリモリ」コールに支えられた東京マラソン


気がついたら、両手を合わせてゴールしていました。「アリモリ」コールが聞こえたときは、マラソンを続けてよかったという思いでいっぱいでした。



喜びを分かち合う

有森裕子 新宿都庁前の様子2007年2月18日、雨、気温5度。東京マラソンで、プロのマラソンランナーとして、ラストランをしました。当日は今まで経験ないくらい天候が悪かったのですが、心地いいスタートを切りました。

走っている間、ほかの人に申し訳ないくらい、「有森さんがんばって」「アリモリ!アリモリ!」「ファイト」など声が途絶えません。まわりのランナーは気分を害したかもしれませんが、「すみません、今日だけなんで許してください」という気持ちで走りました。


有森裕子 降りしきる雨の中のボランティアのみなさん

ゴールでは、両親、私の母校である岡山の就実高校の同窓生をはじめ、大勢の仲間が待っていてくれました。国旗に寄せ書きをしたものが、5枚もありました。オリンピックでもこんなにありません。嬉しかったですね。

東京マラソンのボランティアが、降りしきる雨の中で立っているだけでも嬉しかったし、「アリモリ」コールがずっと聞こえたことは、マラソンを続けてきてよかったと思えました。こんなに“嬉しい”と感じながらプロとしての最後を迎えられて、幸せだと実感させてくれる大会でした。
実は準備が甘かったので、タイムや順位に関して、高い目標が立てられなかったんです。不十分な自分自身を、ここまで奮い立たせてもらえる応援でした。この想いを言葉で伝えるのは難しいですね。本当にもったいないです。東京マラソンで、引退レースをしてよかったと思いました。



40歳から新しいスタート 有森裕子 現役時代

ここ数年は、“有森裕子はもう引退している”と思っている人が、8割ではないでしょうか。あえて引退宣言をせずに、そのまま消えてもわからなかったでしょう。でもマラソンをストップした2001年の東京国際女子マラソンで、「今はパワーがないから、また別のパワーを持って必ずみなさんの前に戻ってくる」と言った記憶があります。あのとき、“休む”とは言ったけれど、“やめる”とは言いませんでした。

休んでいる3年半の間、いろいろな方に会うたびに、「現役の頃は」と言われてしまうんです。どこかで“違うんだけど”と思いながらも、「私、現役なので」とも言えず、曖昧になっていく自分がいるのもわかっていました。プロランナーのレベルを保っているかどうかと考えると、やっぱり違います。世界記録を出したいとか、オリンピックに出たいという思いもありません。私自身が求めているもの、やりたいことは違いました。それなら、本当にやりたいことに全力投球するためにも、正式に引退をしようと決めました。

昨年、ちょうど40歳になったし、新しい出発のためにも幕引きをしたい。そんな思いで、東京マラソンを走ることにしました。

| 1 | 2 | 3 | 4 |

PHOTO : Daiju kitamura / AFLO SPORT
(有森裕子ゴール / スタート集団)
TEXT by Yuri Shinoto





有森裕子 マイスポーツライフ
VOL.2 有森裕子

| 1 | 2 | 3 | 4 |

ラストランからの出発 2 一人ひとりに思いとドラマがある


冷たい雨が降っていて、空は暗かったけれど、沿道の垂れ幕や応援する人たちの声援が熱くて、明るい空気が生まれていました。



マラソンにそれぞれの思いを託して

有森裕子 銀座・中央通りの様子12月18日の東京マラソンの参加者は、約3万人。応募者は約9万人だそうですから、抽選で落ちた人も大勢います。信じられない人数ですよね。

今までも東京がマラソンコースになりましたが、東京を走れるのはタイムを持っているエリート選手だけでした。その東京を、タイムに関係なく、しかも観光しながら走れるのは、そうそうないチャンスです。競技で東京を走った私も、銀座の大通りを走りながら、「すごい!こんなところ走ってるよ」と嬉しかった。浅草の雷門の前を走りながら、嬉しくて興奮していましたから。(笑)


有森裕子 銀座・中央通りの様子2

東京マラソンは、最高のレースだったのではないでしょうか。走りながらランナーたちが喜んでいるのが伝わってきました。冷たい雨が降っていて、空は暗かったけれど、沿道の垂れ幕や応援する人たちの声援が熱くて、明るい空気が生まれていました。沿道の応援と、ランナーの喜びが一体となっていました。ハイタッチをしたり、手を振ったり、「ファイト!」という声援に「ありがとう」と答えたり、人と人のコミュニケーションがあり、気持ちの交流があった大会だと思います。


それにしても、完走した方が98パーセントだったのには、驚きです。天候が悪かったので、一般の人はかなり棄権するだろうなと思っていましたから。制限時間は7時間。私は3時間以内で走れるから参加するけれど、それ以上かかるなら、しんどくてやらないかもしれません(笑)。7時間動き続けること自体、半端じゃないですから。それも、冷たい雨の中。ラストランナーは年配の方で、7時間ちょっと過ぎてゴールしましたが、走り続ける力があることに感動しました。



生き方を反映できるスポーツ

有森裕子さんマラソンをする方のなかには、何かに打ち勝つためにとか、誰かのためにとか、テーマを持って走る人もいます。東京マラソンでも、心臓移植手術を受けた方が、人から助けてもらった自分の命をアピールするために走りました。そういう事実と想いがテレビであまり報道されなかったのはとても残念でした。これからは、いろいろな意味を持ってマラソンに挑戦している人がいるということを伝えないともったいないですね。

ただ記録を求めるのではなく、それぞれが違う目的を持って走っている。走る意味は違うけれど、全部“走る”ということで表現できる。それが市民レースのよさだと思います。言い換えると、一人ひとりに思いとドラマがある。マラソンは、自分の生き方を反映できるスポーツです。だからこそ大勢が走りたいと思うし、観ている人も心を動かされるのだと思います。

私の場合は、今までは競技者としてマラソンに関わっていたので、タイムが重要でした。でもこれからは、多くの市民ランナーと一緒に走る機会も増えるでしょう。私自身、これから教えられることが多いだろうなと楽しみにしています。

| 1 | 2 | 3 | 4 |


PHOTO : Daiju kitamura / AFLO SPORT
(有森裕子ゴール / スタート集団)
TEXT by Yuri Shinoto





有森裕子 マイスポーツライフ
VOL.3 有森裕子

| 1 | 2 | 3 | 4 |

ラストランからの出発 3 私だからできることを求めて


スポーツにたずさわると、明らかに人が変わります。まず、元気になります。人にとってスポーツは欠かせないもの
有森裕子


スポーツは人を変える

ここ数年、国連関係の仕事で、困難な状況にある国や地域を見てきました。そのなかで、競技や記録を追い求めるスポーツは、スポーツのほんの一部分でしかないことに気づかされました。


有森裕子 サッカーイメージ

たとえば難民キャンプやスラムにサッカーボールひとつ持っていくと、子どもたちはボールを使って遊び始めます。すると笑顔が生まれ、仲間が生まれ、ゲームをしながら自然とルールを決めるようになります。人間にとって一番必要なものが、次々と生まれていくんですね。それは、スポーツならではの力です。物資の援助や医療も大事だけれど、スポーツが加われば、人間に生きていく力がつくられます。


ケニアのスラムにも、サッカーチームがありますが、そのチームのなかにケニアのナショナルチームに入っている子が何人かいます。頑張ってナショナルチームに入ることが、子供たちの夢なんです。スポーツにたずさわると、明らかに人が変わります。まず、元気になります。人にとってスポーツは欠かせないものだと、ボランティアの現場で実感しました。

有森裕子 マラソンイメージなぜスポーツは、これほど愛されているのか――私なりに見えてきたものを生かして、もっと多くの人にスポーツのすばらしさを伝えていきたい。そこに私の持っている最大のアイデアと、時間とエネルギーを使いたいんです。マラソンを休んでいた3年半の間、その思いがどんどん強くなってきました。すると、走ることは二の次になってしまいます。トレーニングの時間も減らさざるをえないし、タイムを求めることに価値を見出さない自分がいます。記録を追い求める時期はもう過ぎた、もう終えてもいいのだ、と。それが、ラストランを決意した背景です。



スポーツをしている姿は本物

有森裕子 東京マラソン 応援する人々地球中どこでも、人々はスポーツを楽しんでいます。精神の安定のためだったり、リフレッシュだったり、ウェイトコントロールだったり、仲間づくりや、社会とのつながりのため……スポーツには、いろいろな可能性があります。言い換えると、自分の存在価値を確かめるところでもあります。

コミュニケーションのツールとしても、大きな力があります。東京マラソンでも、走っている人と沿道の人、知らない人たちの間で、自然にコミュニケーションが生まれていました。マラソンを通して空間がまとまるというのか、気持ちがひとつになる。スポーツは本当に素晴らしいなと、改めて実感しました。 スポーツをしている姿は、偽り(フェイク)ではありません。本物なんですね。人間、何に感動するかというと、本物にだけ感動します。だから、スポーツを行うだけではなく、観せることも、観ることも、大事だと思います。

| 1 | 2 | 3 | 4 |


PHOTO : Daiju kitamura / AFLO SPORT
(有森裕子ゴール / スタート集団)
TEXT by Yuri Shinoto





有森裕子 マイスポーツライフ
VOL.4 有森裕子

| 1 | 2 | 3 | 4 |

ラストランからの出発 4 新しい「有森裕子」のスタート


ストランを終えて数日が過ぎ、開放感を感じました。走る場所も、ぺースも、なんでもいい。どんな格好をしても、どんなタイムでもいい――引退すると、こんなに世界が変わるのかと新鮮な気分です



新鮮な思いで、一歩、一歩
有森裕子さん ゴール付近

今、思い返すと、プロランナーというのは、割りにあわない仕事です(笑)。マラソンランナーは9割がトレーニング。さんざん頑張っても、年にたった1本くらいしかレースに出られないし、もし故障をすれば何年かに1本になります。そこまではお金も時間も使うばかりなのに、その1本を失敗すると終わりです。仕事としては効率悪いですね(笑)。その点が、野球やサッカーのように回数がある競技とは条件が違います。でも私は、あまりいい結果がでないレースでも、そんなに落ち込みませんでした。悪いときもあれば、いいときもあるだろうと受け止めていましたから。


競技者は、少しでも故障すると、一刻も早く治さなくてはいけません。東京マラソンで転倒したときの傷がまだ痛みますが、引退した今は、別に急いで治す必要はないんです。治ればいいし、「いつでもいい」と思えるので気が楽です。


有森裕子さん 握手現役時代の私にとって、走ることは仕事でした。どんな仕事でも同じだと思いますが、仕事となればつらい面もあるし、楽しめない場合が多いですよね。もちろん喜びもあります。私にとっては、いい結果が出た満足や達成したときの楽しさがありました。でも結果も出ないのに、「楽しかったですよ」とは言えません。今はよく歩きます。仕事から離れてのウォーキングは、純粋に楽しいですね。景色を見る余裕があります。歩くのが大好きで、「歩いていいよ」と言われたら、ずっと歩いています(笑)。つい、スピードが出てしまいますが。(笑)


歩く速度で見えるもの

普段は、1時間半くらいのウォーキングを楽しんでいます。この前は、浜松町から新宿まで、ふらっと歩きました。一歩、一歩、歩いていると、普段は通り過ぎるものが目に止まるし、思わぬ発見があります。こんなものがあるんだと思わず足を止めたり、説明の立て札を読んだり――歩きながら、一つひとつ見てしまいます。歩く早さのなかで見える世界は面白いですね。 有森裕子 インタビュー

ラストランを終えて数日が過ぎ、開放感を感じました。今後、走ってみようと思ったとき、記録につながるとか、競技につながると一切考えなくていいという自由です。走る場所も、ぺースも、なんでもいい。どんな格好をしても、どんなタイムでもいい――引退すると、こんなに世界が変わるのかと新鮮な気分です。

走ることの意味も変わってくると思います。ちょっと走って、「あぁ、気持ちがいい。これでやめよう」でいいんですから(笑)。楽しいでしょうね。これからは、新しい地平が見えてくるかもしれません。新しい「有森裕子」のスタートです。

| 1 | 2 | 3 | 4 |


PHOTO : Daiju kitamura / AFLO SPORT
(有森裕子ゴール / スタート集団)
TEXT by Yuri Shinoto

有森裕子(ありもりゆうこ)
1966年、岡山県生まれ。就実高校、日本体育大学卒業後、株式会社リクルート入社。バルセロナオリンピックの女子マラソンでは銀メダル、アトランタオリンピックでは銅メダルを獲得。NPO「ハート・オブ・ゴールド」設立、代表就任。国連人口基金親善大使就任。2002年4月、株式会社ライツ設立、取締役就任。日本陸連女性委員会特別委員。国際陸連女性委員。現在、米国コロラド州ボルダー在住








 
 

もどる