
安政元年(1854年)岩惣の初代であります岩国屋惣兵衛は、厳島神社の管絃祭(旧6月17日)の前後一ヶ月間に立つ市の賑わいに着目し、奉行所より紅葉谷(現在のもみじ谷公園)の開拓の許可を受けました。そしてもみじ川に橋をかけ、渓流に茶屋を設けて道行く人々の憩いの場としました。それが岩惣の始まりです。 |
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| お料理の一例 |


| 本館2階建てのロケーションはもみじ谷と向き合い、手に触れんばかりの緑やせせらぎの音は臨場感あふれる環境を取り込んでいます。 |
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| 元寺地跡を先代達が手塩に掛けて手入れしてきた離れの持つ環境、それは岩惣のお部屋の中でも最ももみじ谷の自然に溶け込めるものです。また手前味噌ながら各室の意匠から伝わる往時の職人や先代達の想いは次代にも届けたいものと思います。 |
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